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おやすみ、また明日
「西広、頼みがあるんだけど」
「ん?なに」
「今日オマエんち泊まるとか無理?」
「え……。あっ!や…妹いるけど大丈夫?」
「おぉ。じゃあちょい待ってて」
阿部はそのまま踵を返し自転車置き場までかけていく。
一瞬思考が止まっちゃった。
阿部からの頼み事だから野球関係の事だと勝手に予想したのだがまさかの返しに言葉がつっかえてしまったのだ。西広はバックから携帯を取り出し母親の名を探す。
「…あ、お母さん。友達が泊まりに来るんだけど大丈夫だよね?…うん、野球部の。え…そーなんだ、わかった。ご飯はある?アハッありがとう。じゃ」
切ボタンを押すと同時に自転車に乗ってきた阿部が西広の肩に掴まり止まる。
「親大丈夫って?」
「や、なんか妹と親戚んち遊びに行ってて。晩御飯ご馳走になったら妹寝ちゃったらしくてさ、そのまま泊まるから全然」
「へぇ、都合いいな」
「フハッ思った!」
「……」
「……」
「いや親ルスに襲ったりしねぇよ?」
「その心配オレ必要?」
わっかんねーぞぉ?とニヤついた阿部の腹にパンチをおみまいしてやる。いつもの阿部だ、西広は安堵した。ポーカーフェイスの阿部はあまり表情で感情を現したりしないのだが、阿部が泊まりたいと言い自分がそれを肯定した後。無意識だったのだろう見落としそうなほど些細な表情の変化。
泣くのを我慢するみたいな…。
「オレ逞しくなってきたからって、晩飯たくさん作ってくれてるらしい」
「ゴチになりやーす」
並んでペダルをこぎだす。途中コンビニでおでんが売られはじめていることに何故かテンションが上がって買ってしまったり。中学時代走り込んだ坂道を阿部に教えたりして、のらりくらり西広家に帰り着いたのはとっぷり日が落ちて満点の星が輝きはじめたころだった。
「あがってー」
「お邪魔しまーす…ん。ん?」
玄関からリビングへと続く明かりをつける。瞳孔が収縮運動をしている間にカーテンを閉めてテレビのスイッチを入れれば何だかいやにバカでかい笑い声が流れてきてすぐチャンネルを変えた。
「あっ!ゴメン阿部スリッパなんでも使って」
のそりと靴下でリビングに入ってきた阿部に声をかけると、なぁ西広と逆に問われるように返され右手のコンビニ袋を肩の高さまで持ち上げ左手でキッチンを指差した。
「オレの気のせいか、同じニオイがする」
ハテナを頭に浮かべたままエナメルを置いて指差す方へ向かうと、蓋をされた三人前はあるであろう土鍋がコンロの上に鎮座していて指腹で蓋を開ければまだ温まったままのホッコリ炊かれた姿から湯気が立ち上って西広の頬をなぜていった。
「阿部ースゴいよ阿部。警察犬になれるんじゃないかな阿部」
「西広ーそれは褒められてるととっていいよな西広」
カウンター越しに肘をついた阿部が、今日はおでんの日と名付けよう、などと言ったものだから吹き出すように笑いあった。

「やぁーサッパリした。風呂サンキュー」
極楽と言わんばかりに火照らせた顔を手で扇ぎながら西広から借りたTシャツとジャージ姿で阿部はリビングへ戻ってきた。
「よかった。阿部湯船派だろ」
「あ?あー…まぁ多いかもな。死ねるってときはシャワーだけど」
なんで?頭にかぶせたフェイスタオルをするりと肩にかけなおしながら目線で尋ねられ、
「オレほぼシャワーだから」
とんすいと箸2人分をセットしながらニコリと笑い返す。タレ目がちな目の端を持ち上げ言わんとすることを察した阿部は、どーぞと促されたソファに丁寧に座りまだ濡れた頭をグシャリとかく。
「…西広はいい嫁になれるよ」
「じゃあ旦那は阿部でヨロシク」
眉を寄せうーあーと唸り終えた後、考えていいかと言われ煮立たせた土鍋をひっくり返しそうになったのは言うまでもない。
大根、竹輪、厚揚げに卵、スジ肉にしらたき、巾着。コンビニで買ったつくね、ごぼ天とおでんのバリエーションは豊富でだし巻きと小茄子の漬け物が一緒に並んだ。蒸気で頬を赤く染めながらとりあえずまず食らいつく。行儀などというものはいったん忘れてしまうのが鉄則。
「っち!…舌やいたぁ…。つーか西広案外食うのな。今まで知らんかった」
「オレ結構なフードファイターだよ?フゥフゥしたげようか」
「もういいよ、その嫁ノリ」
お腹が張ってきたころには鍋の中は煮汁が冷たくなって残るだけになっていた。茄子って今旬だっけ?と口の端で漬け物をシャクリと噛んだ阿部がソファにもたれ腹を擦る。西広は冷蔵庫に新しいお茶を取りに腰をあげた。そのとき阿部がチラリ自分を見た気がしたのだが視線はすぐテレビへ向いて、元7組の木村知ってる?と話をふられた。
「知ってるーアイツ同中で陸上一緒だったんだ」
「あ、やっぱなー。西広にいろいろ頑張ってって言っといて、だってよ」
「なぜ本人に言わない」
「…悔しいんだとさー陸上続けなかったからって」
バタン、冷蔵庫を閉めペットボトルを抱えて戻ると今度はちゃんと西広を捉える目があった。微かに揺れているような眼差しは答えを待っているようには見えなかったので、そっか、とだけ呟く。食んでいた小茄子を飲み込むと今度は阿部が立ち上がり冷蔵庫へ向かった。
「あれ?何か足りなかった?」
背中を追うと前で屈んだ阿部がビニールに包まれた何かを取り出して振り返り、付き合えよと悪戯に笑う。
「え?えっ?…ビール」
正式には発泡酒だが袋から現れたラベルには飲酒は20歳になってからと定番句があり、親父のクスねて持ってきたという阿部がグラス2つを用意しだすもんだから更に焦ってしまう。
「本気なの?酒が飲みたくてオレんち来たの?」
「悪いことしたくなる年頃ってことで多目に見ろよ」
コンとシンクの上に缶をたて無骨な人差し指が蓋にかかる。
「違うだろっ!何か、うまく言えないけど…阿部なんかオレに言いたいことあるんじゃ」
「あるよ」
ほらまたその顔。
あべ、と続けようとした時。
プッアシャァァァァッ
白と黄色が目の前で扇状に噴出しちょっとキレイに輝きながらあたりに水滴とシミをつくり、見事に2人の半身にも滴った。
「……」
「…阿部…くさい」
「…あーあぁ…クッ」
「エナメルに入れてきたでしょ〜」
「ぶっハハハッ!!」
「……」
「締まらねぇなぁ、おい…」
弾けた炭酸の泡がじわじわ足元で染みていく。西広は肩に頭一個分の重みを感じながら阿部の髪の毛が意外に柔らかいことを知った。

「オレはねぇ実は西広が嫌いなんですよ」
親にバレない程度に後片付けとファブリーズをして自室に移動した。缶の残りは半分もなくグラスにわければ二口もあれば飲みきれてしまう量になった。
「…あぁ、うん。理由聞くのは、アリ?」
「バーカ、真面目かっ!嘘だよ…や、半分嘘」
西広はちびりちびり飲みながら苦味が勝って後味スッキリとはいかないが飲めなくもないなぁと思う。主犯者の阿部はまだ口をつけていない。
「オレはさ、西広が羨ましい」
「っ!…コホッ。き、嫌いで羨ましいなんて複雑だねぇ」
阿部は、難しい年頃だろ?と少し笑った。ベッドにもたれて胡座をかいて野球以外のことを話す阿部を何だか新鮮に感じる。じゃあ自分の話、と彼は続ける。
「この3年。文字通り野球にオレの人生捧げてきたと思ってる。ただ、だったらオレから野球とったとして…何が残るか、なんて。どんだけ他人とのコミュニケーションを怠ってきたかとか…漠然とした不安感がある」
何言ってっかね、オレ。と西広に背を向けて顔を布団に埋めた。
そっか、オレたち3年になったんだっけ。
一日一日があんなに煌めいていた分、過ぎ去ってしまった今がこうも彼を苦しめているのか。自分はどうだろう。忘れることはない記憶でも確かにどこか思い出として頭の中に整理されているように思う。
それはそれで胸は痛むけど…。
自分の胸にマジマジと手をあてそして気づく。あぁそうか。だから阿部はオレが羨ましくて…嫌いなんだ、と。ぎゅうと服を握りしめる。
「じゃあさ、阿部。オレといればいい」
ぬるくなってしまったビールをくっと飲み干すと横で背中を向けていた奴がのそりとコチラを向いた。
「何その顔」
「生まれたときからだよワリィか」
少し赤みがかった目が眠気からきているのかはわからない。それは付き合おう的な意味で?もうその話いいんじゃないの?とまた苦笑して。
「知ってると思うけど、オレ理論派。まんま理数系。計画とかたてんの大好き。阿部改造計画やったげるよ」
胸を張って大袈裟に威張ったフリをするが阿部のいぶかしげな顔はそのままだ。
「…ロボとかはイヤだ…」
「誰がするかいっ」
「でもオレ西広嫌いだし」
「半分でしょ?それに…」
阿部はオレを少しは必要として今ここに座って話をしているんだろ?なんて思ってることは口にはしない。
「…それに、オレは阿部すきだから」
にっこりと微笑む西広に阿部は目を点にして、そしてくしゃりと顔にシワを寄せ吹き出した。
「やっぱオレ西広襲っとくべき」
「さぁ寝よー!!電気消すからー阿部廊下で寝てねー」
「…スンマソン」
客間用の布団具を部屋に敷く間に阿部は自分のビールを空にして、クソマジィと言い放った。
「じゃあ、電気消すよ?」
「うーい」
小さな光が散ってゆっくり青白いライトが暗くなる。闇が落ちると眠気も一緒に降ってくる。
「じゃあ、阿部おやすみ」
「オヤスミ…なぁ西広」
「ん?」
「オレ、後悔はしてないよ」
もぞりと肩まで布団をかけ直し目頭が熱くなるのを抑えることはしない。よかった、と呟くとありがとな、と返ってきて、
「おやすみ、また明日」
温かい涙が耳元に流れていった。


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