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やさしくありたい
冬が開けた頃はまだ一人で的に向かってボールを投げてた。春が来てオレのボールは阿部くんのミットに投げさせてもらえることになった。振り返ると皆が大きく手をあげて言葉をくれた。奇跡みたいなことだと思った。ただただ心臓が震えるほど嬉しかった。阿部くんがオレをチームの輪に導いてくれた。色々教えてくれた。オレにないものを少しずつ少しずつ満たしてくれた。オレが阿部くんにあのときすきだと言ったのはほんとにそう思ったからだ。
「西浦夫婦此処に有り」
「……あ?」
「ほら、キャッチャーって女房役とかいうじゃない」
「何の話だよ」
「君らの関係性だよっ」
水谷くんから甘いにおいがした。阿部くんを指差しながらオレに頭をくっつける。カスタードみたいな卵の甘いにおいだ。さっきシュークリーム食べたって言ってた。水谷くんはあんまり汗の臭いをさせない。すごいと思う。オレなんか自分の汗に酔いそうになったこと何回もある。
「…あぁ…だからなに」
「え?いや、言ってみただけ」
「マジ意味わかんねぇよ」
花井くんに借りたノートを返しに来た。でも職員室に行っているみたいでウロチョロしてたオレに水谷くんが声をかけてくれた。花井くんが帰ってくるまでいたらいいよと隣の椅子を引いてくれた。食べる?とチロルチョコを一つくれた。お礼を言うと目尻にシワを寄せてウハって笑った。
「花井に何借りたんだよ」
「………あ、え?…オレ?……オー、ラル…です」
「…ふーん」
正方形のホワイトチョコは口に含むと溶けてすぐなくなった。ウマイって言う間もなく。でも水谷くんはニコニコしてうまそうに食うなって言って自分のポケットからもう一つくれた。興奮しすぎて鼻水が出かけてカッコ悪かった。そしたらうつ伏せていた阿部くんが顔だけコチラに向けて口をぽっかり開けた。
「くれ」
「ふ、へ?」
「それ、くれ」
人差し指でチョコから自分の顔まで線を引いて阿部くんはまた口を満月にした。
「あっれ?欲しかったの。早く言わないからよ、ないよぉもう」
小さく転がったチョコが急に熱を持ったオレの掌の中で溶けてしまうんじゃないかと思った。花井くんは窓際の席だ。窓を通り抜ける陽光は日向ぼっこするのに丁度いい。水谷くんも阿部くんも昼休みはこの席に集まるらしい。わかる気がする。とてもとっても暖かかった。水谷くんが阿部くんの頭をツンとつつくと手首を取られ逆に折り曲げられている。火に油だって栄口くんが言ってたけど。二人はとても仲がいいなと思う。とてもいいな、と思う。
「………別にすげぇ欲しいわけじゃねぇから食いたきゃ食えよ」
「えっ?…っ!!や、どぞっ!」
チラとオレを見て水谷くんを唸らせていた決め技を解いた。惜しそうな顔でもしてたかな?阿部くんが甘いものを好んで食べてるの見たことあんまりないけど食べたくなるときもあるよなって思ってただけ。
「………」
「……あ、の?」
「…剥いてくんね」
両手で差し出したら勢いがついて指先まで転がった。慌ててシーソーみたいに掌まで返したけど。それを目で追った阿部くんが、めんどくさい、と言った。
「あっうんっ!!わかっ、たよ」
「わぁ…めっずらしい…。甘えんぼ阿部どぅぅぅっっ!!」
銀紙までとくとやっぱりかくばっていた角がトロリと熱を帯びていた。握りしめてたからだ。無言で水谷くんの唇を二本の指でねじあげている阿部くんは横目でチョコを見ている。
「あ、の………ゴメ…溶けて、…る」
ゆるく開いた右手を情けない気持ちで小指から逃げるように閉じようとした。いらないだろうなと思った。いらないと言われるのが悲しいと思った。だからずっとうつ伏せていた阿部くんが顔をあげ喉仏が動いたことにも恐怖を感じてオレは顔を背けた。
「…ゴメ…んなさい……いらない…よね……」
オレは阿部くんが苦手。今だってオレの引っ込めかけた手首をつかんで銀紙にくっついたチョコを舌先で舐め取るまでのほんの数秒の間でさえ数えきれない小さな爆発を身体のあちこちで繰り返して心臓が押し潰される感覚に惑う。
「ゴーチ」
「……は…い……」
オレは阿部くんがコワイ。
「…何つー瞬間を見ちまったんだかなぁオレ」
「おー花井。なげぇ説教だったなぁ」
「チゲェわ。…おい、よー阿部。なっかなか見れねぇぞ、水谷の硬直は」
「は?」
「……何なの……出来てるの君たち?エロス発動してんの?」
帰ってきた花井くんにオーラルのノートを返す。立ち上がった瞬間足に椅子が絡んで転びかけたら肩を支えられた。内容わかったか?と問われて何度も頷いた。キレイな字でまとめてくれていた。すごく助かった。何かあったら言えよってまた借りに来てもいいよってことだろうか。花井くんはカッコイイ。キャプテンだ。
「あっ、りがとー」
「おうよ。……三橋?熱あるんか?」
顔赤いぞと少し覗きこまれた。ちょっとしたこともちゃんとわかって気付いてくれる。気遣ってくれる。でもこれは熱じゃない。伏せた顔はそのままにして首を横にふった。銀紙越しにオレは阿部くんがもっと恐くなる。
「っじゃ、オレ、教室…」
「三橋」
尊敬してる。ミンナをすごくすごく。もちろん阿部くんのことも。
「チョコサンキューな」
そう言われて振り返ったら窓の方を向いてまた日向ぼっこをはじめたみたいだった。手の内に残った感触。例えるならこんな感じ。とてもすきだ。けど少し違う。触れるか触れないかのライン。手を伸ばしてもその背中にきっと触れられない今の距離。
「……うん……ありがと…」
感謝しきれない。だからどうか君に気づかれないオレが向ける気持ちがどうか。どうかやさしいもので。

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