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至福は朝にやって来る
5時にセットした目覚まし時計を何度見ても一寸たりとも針が逆回りすることはなく現実は実際凹むしかなかった。携帯はブラックアウトしていて問い合わせると花井からの着歴とメールが届いて内容は読まなくてもわかりきっていた、早く来い、だ。
「泉っ、泉頼む起きて、遅刻だっっ!!」
三者凡退で打ち取り攻守交代オレの番の時点で二人とも堕ちたんだろう閉めたカーテンを乱反射する蛍光灯とパワプロの音楽が虚しくも明るすぎる。
「…………るっせ…」
かっとばせーっと吠えて姉ちゃんに怒鳴られたのは深夜2時回った頃だったか。無駄に楽しい時間だった。突っ伏し床に寝そべったその肩を揺らすオレの腕を寝起きの握力とは思えない力で握り潰しにきた泉がこんなに低血圧ヤローだったとは。
オレの部屋は広かない。泉の左肩にはずっとベットの角が当たっている。オレが転がってたであろうすぐ側にはCDデッキとラックが壁際を陣取っているし読みっぱなしの雑誌が広がっているしで相当器用に寝ていたんだ。頭二つ突き合わせりゃ雑魚寝できるもんだなと感心していたらまた寝息をたてはじめたので腕を取り、起きろ、と固めに入った瞬間タップがフローリングに響いた。

悠長に間延びした欠伸をかます泉を何度も跨いで朝練の準備をする。身体が油のさし忘れた重機みたいにギシギシするのはしょうがない。男の骨身を薄いマットがカバー出来る筈もなく固い床と反発し合うのはお約束なのだ。風邪ひかなかっただけマシだよ、と思い直しパンツ一枚になりかけた手を止めハタと見返ったのは相変わらず寝惚け眼で一応身体を起こしたくせっ毛がオレの部屋にいる違和感に気付いたから。
「……んあ、なんよ」
「え、や、そういやオレら二人で絡むことあんまなかったよね…と一瞬…」
そうだっけかぁ?とまた顔いっぱいの欠伸を吐き出しジャージに突っ込んだ後ろ手で尻を掻く泉はまだ動こうとしない。
「だから脱ぐの戸惑ってんの栄口、かーわえーカマトトぶった女みてぇ」
Tシャツをさらけたない胸の前で抱えてハハッと笑うしかなく、ですよねーと返し掴んだロンティは丸い頭をスルリ滑った。
「なんだよ、誘ったのそっちじゃん今さら」
「誤解を招くね、その言い方。ちゅーか早く着替えんとマジ大遅刻だよ?」
「なになに、【雨降ってっから朝練中止。10時からに変更】だってよ。主将様から」
「でしょー?だからはや、く………」
パクンと携帯を閉じる泉の後ろを越えてベットに上がりカーテンを開ければ薊色の重い雲と屋根を叩く細かな水滴でガラス窓は濡れていた。
「………」
「副主将、もっかい寝ていっすか」
背中に思いっきり脱力って書いてます副主将ー、ってケタケタ意地の悪い笑い声で泉はまた腕枕をつくって寝転ぶ。
「…いーよーベット使いなよ身体痛いっしょ」
んーと聞いてるのかいないのかあやふやな返事をして動こうとはしなかった。耳を凝らすと雨音が優しく鼓膜を揺らして微かな寝息が重なり瞼が今にも視界を遮りそう。着かけたシャツをベットに脱いでギッとスプリングを縮ませ床に足をおろした。
「……起きてる?」
少し曲げていた足をグッと伸ばしたので問いかけを続けてみた。
「人んちに泊まるのあんだけ嫌って言ってたから今普通に泉がいてちょっとビックリしてんだけど、どして?」
つけっぱなしの電気を落とすと一気に部屋は静けさを増した。するとさざ波を閉じ込めた壁一面に海の底から海面を眺め光の塊がクラゲとなって浮遊してるそんな情景を映し出したのだ。窓から一瞬射した太陽光が見せた幻だとわかっていたけどヘタリと座り込んだ床さえ柔らかく感じた。
「……オマエの部屋、なんか落ち着くし……」
パワプロもあるしな、と付け加えて深い眠りに落ちていくのが呼吸の仕方でわかる。つられて目を閉じたのはほんの数秒遅れてからで仰向けになった背中に微睡みが染み込んできた。
きっと深く潜るように眠るんだろう。



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あきゅろす。
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