[携帯モード] [URL送信]
カモメが飛んだ
「あそこでいんのオレの知り合い」
「………、へぇ」
「新しいリーダーがヘボいっつって愚痴ってた」
「…あっそ……」
「最近のブームはシンクロだって」
「あぁ、ね。……もっどーでもいい」
「なんだよー、あ。因みに新しいリーダー花井推薦しといたから」
「有り難迷惑もホドがあんだろ。つーか阿部もちったぁ構えよ水谷によ」
「……チッ。じゃあ水谷。お仲間のところへいってら」
「えっちょっ!?キャーッッッ!!!!?」
ベルトを掴みへっぴり腰になった水谷を持上げるように阿部は大きく腕を振るえば予期せず前のめりになった重心は簡単に身体をなだらかな斜面へと導く。オイオイと花井が憐れむほどに綺麗な前転を三つほどかまして水谷は転がっていった。
「うーえー…エグい…」
「エクセレント水谷っ」
「オマエ、ホント最低。オーイ大丈夫かぁ?」
「あぁさびっ、花井ーさっき買ったハムカツ食うべ」
阿部の靴紐がほどけそうなのを伝え花井は手にしていた紙袋を差し出す。肉汁とギットリとした油のニオイに空きっ腹が大好物だと鳴くのは甚だ致し方ない。
「げっ、やっぱ品川のハムカツ油ぎってんなぁ」
「味も普通なんだけど、なーんかクセんなんだよ」
「わからんでもない。って饅頭も入ってっぞ」
三折りにした茶袋を覗けばこもった湯気が一斉に逃げていき底ではハムカツ3つと饅頭が窮屈そうに肩を寄せあう姿。買った覚えがない二人に向かって、あっ!と大の字で転がっていた水谷が軽やかに滑り落ちた土手を駆け上ってくる。ふーん、と小さく呟いた阿部はその楕円形に蜜ののった焼き饅頭を手にとりハムカツは残したまま花井に返す。口のヘリだけ持ち上げている姿を斜め上から見る花井は呆れた顔でニット帽をかぶりなおした。
「それオレの饅頭!!」
「あっそ。いただきます」
「わっ!!やっ!!オレのーっっ」
一口が大きすぎるのも狙ってのこと。三分の一なくなったそれを、つぶ餡かよ、と文句を付けてあんぐり開けた涙目の口に押し込むと指に付いたタレを舌で嘗めとり至極満足そうに首を傾けた。水谷の涙腺の決壊が今か今かと待ち望んでいるような顔だ。
「阿部よぉ…小学生のすきな子イジメじゃねんだからよぉ。大人げねぇよ、そりゃ」
「あんだよ、今日はデートなんだろ?水谷が言い出したんだぜ。責任もってデートしてやってんじゃん」
なぁ水谷、と肩を抱き寄せるのだが口道は饅頭で埋まっている為イエスもノーも只の呻き声でしか出せずにガックリ項垂れてしまった。せせらぐ河は橙の夕日に染まっていて振り向けば夜は迫ってきているのに目の前の空は山間を虹色に染める。足元を彩る冬枯れの草花の中に黄緑色が見えて春がもうすぐやってくる不思議を教えているのだろう。自転車を堤防の脇に止め土手を半分までおりてきた。花井も阿部も特に用事もなく水谷に誘われるがままここへ来たのだが彼曰くこれはデート。否、仮想デートである。彼女がもし出来たらどんなデートをしたいかを二人にプレゼンしたかったのだそうだ。
「水谷ー、さっき転がり落ちたんだから痛いとこないか探っとけよ」
「…っ、ハァ。ダイジョブ…受け身とったから。それより饅頭の味が全くわかんなかった…楽しみにしてたのに…阿部のヨダレの味しかしなかったじゃんっ!」
頬袋をふんだんに利用し食んだやっとの思いで発言を許された水谷の言葉で花井は嗚咽した。
「キメェこと言うんじゃねえよ。精製水よか純度高ぇんだよ、オレの唾液は」
更に気分を悪くした花井はなるべく二人から距離をとり砂利道へおりる。気だるげにしゃがみこむと右から左に流れる小川は凪ぐこともなく静かなものだ。川底から頭を覗かせた石に散る滴が鼈甲飴のようで鉄橋の下で波紋を描き群れた渡り鳥はまさかあれを食べていたりするんじゃないだろうか。水谷の知り合いらしいから甘党かもしれない。彼らの邪魔にならないよう適当に平たく丸まった小石を川面に向かって平行に走らせると三回鼈甲を弾け散らして姿を隠した。
「……土手デート悪くない、かも」
夕日がキレイだとか、鳥カワイイねとか、どっちが回数多く石を跳ねさせるか競争したりとか…。
「あっ!!スゲーっ花井、オレもやる石投げっ」
「っ!?おっ、おぉっ」
隣で奇妙な鼻唄を歌いながら膝をつき石を探しはじめた水谷をよそに思わず呟いてしまった言葉を消したくて口の前で手を世話しなく振ってみた。
「なぁに黄昏てんだ、ジジイか」
「…うるせぇ」
空を仰ぎ近づく阿部を見上げて左手でずっと持っていた既に中身は冷えているであろう紙袋の口から二つハムカツを掴む。
「…さっきから気になってんだけど、阿部なんかテンション高くね?」
「…あ?なにが」
「いやよ、いつもなら水谷の誘いとかまず乗らねぇじゃん。つか無視んじゃん。やっぱテンションたけぇよ、浮かれてるっつーの?」
「浮かれる?…あぁ、へぇマジ。わかんの」
「お、やっぱな。何かイイコトあった」
靴紐がキチンと結び直してあったので花井は立ち上がりご褒美のつもりで一つ差し出すと、どーもと受け取りそのままかぶりつく阿部の唇がグロスみたいに光沢付いた。
「コクられた」
右耳で鉄橋を走り行く電車の快速音を左耳で盛大な水飛沫が上がる音を拾って花井は開けた口が何をするためだったか考え、あぁハムカツ食おうとしたんだと思い出す。
「おぉ、いい反応すんじゃん」
「…驚愕で顎が外れるかの如し…」
「ダレにっっ!!!!?」
阿部の前に回り込んだ水谷が花井の言葉を飲み込む大声を出したからか先程の激しい水音でか水谷の知り合いが騒ぎだしている。
「……誰って、知らん」
「………」
「は?知らん?は?」
「いや、知らんよ。同じクラスじゃねぇし、見たことねぇし。名前言われたけど覚えてねぇよ」
口許に手をあて、カワイソウ…同情だわその子に、と肩を震わせる花井に眉を寄せて訝しげに顔をしかめる阿部は残ったハムカツを口に放り込む。さらに油を吸収したそれが口内に油膜を張る前に喉に流すと水谷が間抜けな顔をどろっどろに弛めなにか小さく呟いた。
「…なんだ…なーんだっ!!アハッアハハハハッ!!なにっ付き合うの?」
「…合わねぇよ…なんだ水谷ムカつくなその笑い。しかも今、良かったっつったろ?」
え〜言ったかなぁ?と曖昧に返すと止まらぬ笑いを止めようともせずくるりくるりと回転しだし自分のハムカツを花井の手から受けとると丸々口の中に消して川の中に自ら入っていく。
「つーめーたいーっ!!」
「…アイツ、ついにやったか…」
「怖いこと言うなや阿部」
どう見ても頭にお花畑を浮かべた水谷がエーイッと二人に向かって水飛沫をかけてきた。
「うっわ!!冷てっ」
「ニャロ…」
「オレ女役!二人彼氏ねっほーら水かけっこ…ブッハッ」
蹴り上げられた大量の水が前後から水谷を攻撃して髪の毛から足の先まで脱水の済んでいない洗濯物のようになった。靴を脱ぎ捨て裸足の二人は完全に戦闘モードに突入中。
「いいぜ、今日はデートだもんなぁ」
「可愛がってやんぜぇ…」
「えっ……お手柔らかに…」
捲し上げたズボンを惜しげもなく濡らしてヒートアップすることなんて男同士でしかきっと出来ない。
「さむいっ」
「サムイッッ」
「さむびーっ!!」
渡り鳥は大きく羽ばたくと弧を描いて燃える紅色に飛んでいく。来年また此処へ舞い戻る彼らが全身水浸しの三人と遭遇したとしてそれはそれで十分幸せだと思うのは気のせいだろうか。


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!