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聞こえていないだろうと思ったオレの声が田島を振り向かせた。
「…は?どしたん花井」
暗くて狭いここは体育館の舞台下。パイプ椅子を収納するスペースでカートは明日の始業式の為外へ運び出されて今はスッカラカンの光の届かない冷たい洞窟になっている。ろくに手もかけられないこのスペースを今の内に綺麗にしておくよう言われ田島が指名されたのはもう大分前。運動部総出でやってしまえばあっという間に準備は終わり椅子の大名行列は黙って整列したまま夜を迎えるのだろう。
「…だから、オマエがいなかったら目の前真っ暗になりそうで怖えぇよ」
「いんじゃん目の前、なに言ってんの」
野球部も早々にグラウンドに出たはいいが田島の姿がないとすぐ気付きとんぼ返りすると案の定掃除もそこそこに一段と闇の落ちた隅で丸まって背を此方に向けたまま眠っているようだった。手渡されていた箒と塵取りは仕事もなく足元にただ転がっていて入るには低すぎて天井に手をかけもぞりと動く影に叱咤を投げようとした、その時。
水がゆっくり溢れて床を濡らしていくようにグンと冷えた空気を纏うタイルの上を這うようにハッキリとしない掠れた思考が頭を過った。真っ黒のアンダーが背負う影と同色で田島がこのまま消えてしまうとしたらオレは何を思うだろう。まさかの奇抜な発想に病んでんのかなオレと危惧してみるが妙にあり得そうな話じゃないか、野球やめて明日から海賊やりますなんて突飛なこと言いそうじゃないか。
残念な話、オレはこいつに恋い焦がれている。野球の話だ。一人躍起になって嫉妬したり悔やんだり恥ずかしい気持ちになったりとそれはそれは田島ありきで気持ちが動く。勝手にコイツを成長の糧にして身長と飛距離を諸刃の剣にしてもう必死だ。
話を戻す、田島がいなかったらオレは…。
「やめてくれよ……オレのバカな心配性の杞憂ですませてくれよ…」
頼むよ、とは声が出ず影の中で野生の獣に宿る元来人間も持っていた筈の閃光をただ見ていた。そうだオマエが本当に獣であれば袋小路にいる時点で丸腰のオレにも利があるはずなのに、クソォ。
「なぁ花井…あんま自分見失うなよ」
「とっくに見失ってるわ、オレはオマエが自分の闇にもいるし光にもいんだよ」
「病んでんなぁオマエ」
「お陰さまでな。いっぱいいっぱいだわ、マジで…」
「そんなオレばっか見てっからだぜ?」
「ふっ、ぶん殴りてぇ真面目に」
いつの間に詰めた距離が拳一個分まできていてハッキリとラインを現した姿が安心プラス緊張を生む。
「負けねぇよ、オマエがオレを見てんなら。安心しろ」
「……っ!」
握りしめた拳をそのままに田島の背に回した片腕で自分の胸に引き寄せる。お互い寄りかかることなんてしない。
わかってるじゃねぇか、やっぱムカつくわ田島。そうだよオレはオマエに勝つことを諦めてないのに追い抜くことに怯えてんだ。心底惚れてんだ、バカ野郎。


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あきゅろす。
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