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だいすきな君へ
一切の視線を合わせず互いなぞ居ないものとして黙々と着替えをする姿に何も問うことが出来ずにいた。背中を向けあったその間には無に等しい感情が転がっており二人の何かあったかは痛いくらい解りすぎて喉で先程からチクリチクリ吐きたい言葉が行き処無く針のように痛め付けてくる。雰囲気が重低音のレクイエムのように言い様もなく胸をざわつかせていた。
「……おい、わかってんだろ」
ロッカーを乱雑に音をたて閉めた阿部が花井の爪先を軽く小突く。気を揉むあまりに首元のボタンをかけ間違った花井はもう一度外し眉を潜めて阿部を見やった。
「そりゃ、わかんよ……」
わかっている、がどうしたらいいと言うのだ。正しい言葉が見当たらず目で阿部に問うのだが軽く首を傾けただけでサラリと視線は交わされ頼むぞと肩を叩かれた。
「んじゃ、オレ用あっからお先。っつかれー」
おつかれーと労う声に見送られ部室を何のしがらみもなく後にした阿部の後ろ姿にあ、と伸ばした腕がただ寂しかった。
あっ…あのヤロォ…驚愕のあまり顎が外れるかの如しだわ……っ!
歯軋りをしワナワナと震え出す花井は背を叩かれ振り返ると閉まりかけたドアを目だけで見ている泉が鼻で息をついていた。
「はーないっ、花井ー。怖い顔すんなって」
「い、泉…オレ…」
「わーってるよ。人質捕まえてあっから、聞いてみようぜ。な」
全て花井に押し付けた阿部と打って代わり泉が心中を察してか何とも優しい笑みで聞き役を買って出てくれたのだ。人質って?と問うと、人質っつーかオブザーバーだな、とクイと親指を立て後ろで着替えを終わらせて待っている沖と西広を差した。ひらひらと手を振る二人に力を貰ったかのようにグッと握り拳をつくると元凶の二人に花井は声をかけたのだった。

「巣山が悪い」
「栄口は頭が堅い」
無表情からついて出た言葉にお互い一瞥して更に目元に怒りを蓄えた元凶の二人を前に花井もヒクリと口を歪めてしまう。
「いや、だから原因はなんなんだよ。そこを教えてくれよ。解決出来っことなら一つずつクリアにしてこーぜ、みんなで」
みんなで、を強調しつつ事の発端を話すよう促した。遠くで西日が天を虹色に染め出す夕暮れ時。近くの公園に移動しベンチに腰かけた花井は巣山と栄口に挟まれた状態だ。おのずと首は振り子式に左右に振らざるおえなくなった。
「……巣山、3日前にすきな子かえたんだ…しかもオレと同じ人すきになっちゃって……あんまりだよ…」
「………っは!?」
「栄口だって、先にオレがイイっつって刷り込み式にすきになったクチじゃねえか……何オレばっか悪い風に言ってんだよ」
ザリザリザリと土を掻く音がして金属が軋む。ブランコに揺られていた沖と西広がただただ唖然としているのが痛いくらい刺さる視線でわかる。まさかだ、こんな話題で二人が揉めていたとは誰が想像しただろう。
「い、や、ちょっちょっちょい待てっ!!はっ?何これ、何の話してんの?」
「三角関係、だろ」
ベンチの向かいの色の剥げた滑り台では着地点に泉が寝そべっていて両手を持ち上げ花井に見えるように三角の形を作っている。
さ、ん、か、く、関係って……。
眼球が転げ落ちる手前まで見開いて巣山と栄口を改めて見てもう一度ウソだろと思った。
「なんだよっ、ずっとすきだった子がいたくせにさ急になんかグッときたとか何とか言って乗り換えたんじゃん!それってさ、ただのミーハーと同じだよっ!!もっとポリシー持って貫き通す奴だって巣山のこと思ってたのにさっ」
「オマエ…栄口ふざけんなよ?オレだってな、散々王道すぎんだってバカにされながらも貫いてきたんだよこの年までなっ。けど出逢っちまったんだよ運命とっ!それがあの人だよっ、ポリシーとかんなもん全部掃き溜めに捨ててやったわ!ざまぁねぇなっっ」
おさまらない感情があわや暴動でも起こしかねんと立ち上がった二人に花井はとりあえず座って話せと上服を掴んだ。掴んだ手が微かに震えているのは気付かれたくない事実だ。花井はすこぶる動揺していた。
「いや、まぁ、なんだ…。二人はとにかくまぁ…なんだ…なぁ……あー…」
「三角関係」
「っだ!それで悩んでんだってことで………正解?なんだよなぁ?…どうよ…」
ベンチの両端がギシッと鳴り花井は息をつきつつどうしてこんなデリケートな問題に首を突っ込んでしまったのかと世話焼きな自分が今日ばかりは本当に憎々しく嫌気がさした。生憎恋愛なぞにハマったことがない、もとい恋のハの字も初心者な自分にとってもデリケートな問題であったのだ。
「えっ、……どうって…」
「うーん…まぁゴメンうまくは言えないなぁ…」
ブランコ組にしても右に同じくであるのだろう。お互い顔を見合わせて困惑を隠しきれない様子だ。だよなぁ、と心根で安堵している自分に羞恥心を覚えつつチラと泉に花井は目を向けた。
やけに泉のヤロー落ち着いてんな。
先程から静かに寝そべったままの泉が気になる。自分から助け船を出しておいて全く触れてこないのはどういった心情なのか。野球に関して何か食い違いの末の今なのだろうかと思っていた側として色恋の話なぞ触らぬが仏であることに間違いはない。しかし二遊間のチームワークの欠如は致命的。何としてでも穏和に済ましたいところではある。だが、しかし。丸めた頭をさらに丸くするように掌で何度も擦っていた花井に、でもなんか変だな、と言葉が降る。
「ミーハーとか王道とか何だか言葉選びがおかしいよ。うーん…まるで人に対してじゃなくて…そう、今流行りのニジゲ」
「にーしーひーろーっっ!!!」
ガバッと飛び起きた泉が足元の砂地に着床し大声を張り上げ詰め寄ると西広がビクリと肩を揺らした。
「は?何っ急に何だよ泉」
「何でもねぇよっ!花井そっち話してろ。おいおいおい西広さんよーどうしてそうも頭がキレんだよ西広さんよー」
「…泉、ヤカラの真似かな?凄まないで怖いから」
「……あ。オレわかった」
「ほらーっ!!沖もわかっちゃったじゃん。もースンゲェつまんなくなったよ一気に」
「オレが悪いの?」
「悪くないよ、西広は。しいて言うなら……泉がタチ悪い。耳貸して、種明かしするよ」
「うわー蔑まれたねサラリと。いーやもぅ、花井ー帰んべー」
腹へったわ、とぼやく泉と耳打ちされそっかと呟く西広に花井にチラと目線を送り憐れみを称えた微笑みを返す沖。三者三様の態度に花井はただ呆けるばかり。
「なぁっ!花井はどー思うっ」
「は?へ?」
「誰がすきなんだよっ!!」
にじり寄られたじろいだ花井は瞬間冷凍され固まる。すき、だれが、すき?が脳を回り廻ってフリーズを決め込んだ。
言わなきゃなんないのか?オレが?なんでっ、つーかすきってなんだ。だれがすき?コイツら目がなんでこんな真剣…言うべきなのか。いや誰を……………無理っ!ムリムリムリムリムリっっ!!!
「っつーかオメェらは誰なんだよっ」
「へ?言ってなかった?」
「ねーよ!!」
「ふっ、まぁ花井も聞いちまったら最後、ハマるのは目に見えてんだけどな。……聞いとく?」
「だから仕舞いにゃ怒るぞ、言えよ」
「しょーがないなぁ…あの人はね、三回結婚してるんだけど衰えない大人の女性の魅力があってね」
「そうなんだよ、非凡な歌手でさぁアドリア海の飛行艇乗りはみんな恋に落ちんだ、あの人に」
「声が加藤登紀子ってのもいいんだぁ……グッとくる」
「マルコ、今にローストポークになっちゃうから。あたし嫌よ、そんなお葬式。とか言って可愛くってさぁ…」
「そーなのっ!大人なのに可愛いっ!!」
「なぁっ!!いいよなマダム・ジーナっ」
キャッキャッと花井の前でいつの間に意気投合したのか巣山と栄口は手を取り合い熱弁している。花井は思った。オレは今何をしているんだと。危うく一人恥を晒すところだったと。頭も冷えた後に身体を巡るのは、
「テメェら………飛べないただの豚にしてやるよっっ」
執拗な怒りのみであった。
「まさか、さぁ。あの二人の会話って結構日常的なの?」
「おぉ、オレは毎回その餌食になってたんだよ」
「あぁ。だから今回自分から首突っ込んでオレ達に巻き添え食らわしたんだ」
「主に花井が可哀想だけどね…」
「あぁー!!下手すりゃ花井のすきな奴聞けっと思ったのになぁーしたらそれ肴に飯三杯はいけんのになぁっ」
閑古鳥も鳴かないこの場には憐れな主将の気苦労ばかりがやけに目立って夕焼けが闇に染まる直前に烏がカーと鳴いたのだった。



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