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シンデレラボーイ
午前の休憩中のこと。送球練習に駆り出された浜田は紅一点で健気に仕事に勤しむマネージャーを手伝うべく汗を拭いたタオルを再度頭に巻き篠岡に声をかけようとして知った声に呼び止められた。
「浜田ちょいイイか?」
「おぉ、泉。どったの」
太陽は真上に近いところで見下ろしていて影は身長より短くのびている。浜田より少し背の低い影の持ち主は木製のバットをプラプラ揺らしながら、思いきりコレでどつきまわしていい?とトンチキな発言をした。
「コワッ!!なに!?フラストレーション溜まってんの泉?」
「するわけねーだろバカ浜田。腰揉め、腰」
「え?腰、揉むの?オレが?他のヤツは?」
「ミンナ疲れてんだよ、わかれよボケ浜田」
バカとかボケとかオレのハートは水素爆弾並みに危ういってことそろそろ気づいてくれないかね…。
目を細め少し威嚇するのだが素知らぬ顔の泉はスパイクの底をバットで軽く叩き土を払い落としている。チラとベンチに目を向けるともう篠岡はジャグをつけ自転車で走り去った後で、鼻で息を吐いた浜田は空を見上げコキリと首をならす。
「…いいよぉ、どこでやりゃいいの」
「あっこの木陰」
礼なんてないよな泉だもんなと諦めきった気持ちをそっと棚にしまって指す方へ足を向けたのだがバットを後ろ手にして身体を反らした泉の口許がギッと強く歪んだのを見て、あ、と言葉が出た。
「腰痛いの?」
「あぁ…さっき、ちょいひねった」
「素人に揉ませてダイジョブなん?志賀先生とかのがいくない?」
「いんだよ。んな大層なもんじゃねぇ、あっ三橋ー」
ぐいとバットを擦り付け阿部と何か話している三橋を見つけた泉はソチラへ駆けていく。三橋の首根っこに腕を回し浜田を指差す泉とコチラにキラリとした顔でぐりんと目を向ける三橋。
ヤツめ…聞かれて面倒くさいと思うことからシラッと逃げるクセ治ってねぇな。
その様子をグリップを握り直しつつ見ていると三橋にチラチラと手をふられふりかえしたのだが、阿部に声をかけられれば柔らかいその身体が一本の固い棒のようになってしまった。色素の薄い猫っ毛の髪の先までハリガネ山みたいにして、あぁホラ阿部の短すぎる血管プッツンさせてんじゃん、と苦笑する。
「ちぇっクソ過保護阿部めー」
口を尖らせズボンに手を突っ込んだ泉がご立腹な様子でぶちぶち暴言を吐きながら帰ってきた。
「フラれたんだ?」
「三橋を所有物扱いしやがってマジむかつく」
「オレに三橋もマッサージさせようとしてたんだろ?そら嫌がるわ」
「ちっげー、浜田も練習混じらして鍛えてやろーゼって話」
「えっマジいやだそれ」
「鍛えるかわりにマッサージもしてもらおうっつったら阿部に拒否られたんだよ。あーウゼェ」
「オレいいこと微塵もないじゃん。阿部に感謝だわ」
胸の前で手を組むと尻に鈍痛が走って泉にまわしゲリされたのだとわかった。

強く揉みすぎると余計な付加が筋肉にかかり激しい運動をする身体には疲労感が伴う。逆にストレッチや軽く圧をかけるようなマッサージには筋肉の緊張を和らげリラックス効果と血行促進による疲労回復が期待できる。浜田はいつか読んだ健康雑誌か何かの一文を頭に置き突っ伏した泉の上に馬乗りでまたがった。
「……優越感」
「死にてぇか」
脅迫じみた発言事態どうかと思うよと浜田は愚痴り一枚タオルを乗せた上から掌で体重をかける。徐々に圧をかけ戻す。繰り返していると悦の入った声が鼻から抜けるように聞こえてちょっとエロいな…なんて思った自分に危機感を覚え。何となく気まずくて木陰をつくるポプラを仰ぎ見ると青々とした葉が時折吹く風に揺れている。木漏れ日が浜田の水晶体を刺激して瞬きが多くなるのだが何故だかボウッと影の中でそれを見つめてしまっていていた。するとさっき自分に手を振ったあの猫っ毛が頭に浮かんで。
「三橋ってさぁ…シンデレラボーイだよなぁ」
そう呟いていた。
「…なんそれ。ジュノンボーイ的な?」
「違くって。幸運な男とかそんな意味…だったはず」
「意味がわからん」
屁が出そうーと泉はグッと伸びをして、いま殺意を覚えた、と浜田は少し離れた。
「いやぁほら、三星で何だかんだあって西浦きたじゃん。で、阿部っつうスポンサーに出会って三橋はエースになって。ここじゃスゲェ大事にされてるっぽいしそれって善くも悪くも結果オーライじゃん…なんかさぁ、羨ましくなっちゃったりしてねぇ…」
頭上で輝くあのキラキラが幸運で出来ていたとしたら三橋の上にきっと降り注いだんじゃないかと浜田は思った。例えばの話だ。手をかざせば透けて見えるその光は自分には掴むことが出来ないように感じてしまう。
「…棚からぼた餅がほしいんか浜田って」
「えっ…。……泉?」
浜田は泉の腰に当てた手を離した。彼の声に微かな怒気が含まれていると思ったからだ。靴が砂を掻く。浜田はゆっくり後退すると泉は気だるそうに背を向けて座った。
「オマエってさなんかそーいうとこあんな。なんつーの…」
膝を立て振り返る泉が言葉を発した。途端、浜田には一切の音が遮断されたように感じた。泉の言葉以外なにも聞こえない。
ヤバイ、逃げたい。でもダメだ。今逃げればなんか全部ダメになる気がする。
「浜田さん」
泉はもう一度確かめるように発音した。
「三橋は阿部がいて西浦だったからラッキーで今マウンドにエースで立ってんじゃないッスよ。そんなのが誰彼かまわず降って湧くもんだと思ったら大間違いッス。諦めねぇ奴がそういうキセキみたいなもん全部引き寄せるんです。三橋は全部自分で掴みとっただけ。だから浜田さんだってそうやって物欲しそうな羨ましいってだけの眼差しで人見んのやめたらどおッスか」
泉は言い終わると浜田に合わせた視線をグラウンドにそらし、浜田はまた周囲の音を吸収していく聴覚と心臓のリズムだけでそこにいる自分を保っていた。
「あっ…え…いず、み?」
「……なに」
浜田は泉のタメ口でこれだけ安堵するなんて思ったことがなかった。震える腕が細くて弱そうでカッコ悪い。
「オレが…応援団すんのイヤ?」
「………。は?」
指先で軽く引くと汗くさいニオイと共にタオルが外れて前髪が額に落ちる。
「イヤならイヤと、言ってくれれば…」
「なっ、まてちょい何の話よ」
「…だって…泉はオレに野球してほしいってことじゃ…」
「遠からず近からず…って違うわっ!!!」
はぁぁぁぁぁ…と明日世界が終わるんじゃないかってくらいのため息をついて浜田の胸ぐらを掴んだ泉がグッと顔を近づける。
「オレはなぁ、いつまでもオマエが野球やめちまったことをダラダラ引きづるお人好しじゃねぇよ」
ゴチッと額があたる。あぁ?そうだろ?と泉が声色を低くして眉間に怒りをたくわえている。自分のこと悪く言ってるのにスゴく納得してしまった浜田は顔を白黒させて小刻みに頭を上下させた。
「アホでバカでボケな浜田にもわかるようにいってやらぁな」
痛いくらいに額を擦り付けられ離されたときにはヒリヒリと痺れていた。
「浜田が援団で力入れて、オレらにラッキーも幸運もキセキも吉兆とかもう全部捧げろっつってんだよ!!テメェこそシンデレラボーイにならんでどーすんだっ」
「…はへっ?」
肩から力が抜けて手の甲が地面とぶつかる。
無茶苦茶なところはあるけど、泉は出来ない奴に出来ないこと言わない。意味がないからだ。じゃあオレは…?オレがお前らにしてやれること応援以外にもなんかあんのか?
「…泉に説教されてんのかと思った…」
「はぁ?何の意味あんの、それ」
馬の耳に念仏だろーが、と泉は立ち上がり腰をそらす。
ほらやっぱりだ。究極の面倒くさがり。
「おーかなり楽んなってるわ。サンキュー」
「……ヤバイ、泣きそう」
「は?なんでよ」
「泉に感謝された」
「バカにしてんのか」
「………」
「…自分で自分の価値決めてんじゃねぇよ。一応オレの先輩だろうが、バカが」
そのままもう一度大きく伸びをすると泉は大股で光の中に出ていく。
くそぉマジかよ…憧れちゃうよ。
諦めは自分の得意分野くらいに思っていた。卑下することなんて朝飯前だと。
「おら浜田、鍛えてやっから外周20周してこいや」
「ムリムリムリッ!!殺す気っ」
「はいー、諦め口調キンシー」
炎天下の元に出ればクラッとするくらいの気温で。誰かが高々とボールを打ち上げると太陽が飲み込んだ。陽炎がユラユラ遠くでゆれている。空に手をかざしてみるとキラキラが指の隙間からこぼれ落ちてまるで幸福が降ってきたみたいだと思った。



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あきゅろす。
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