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浮気心は海の音
ザザーン ザザザザーン
日も落ちて身体に受ける暑さも心地いいくらいになるこの時間帯。巣山と花井は目を閉じて体育座りをしていた。
ザザーン サー ザザザーン
あぁ、これは海の音だ。浜辺で波が砂と遊んでさらっていく音。キラキラと水しぶきをあげながら白い泡が砂を濡らして混ざりあっていく。遠くには水平線がまっすぐのびていて沈みゆく夕日が青とオレンジの絶妙なコントラストを生み出しているのが目に浮かぶ。
ピーヒョロロロロ ピーヒョロロロロ
天高くにトンビまで飛んでいる…近くに山でもあるのだろうか。
ザザザザッパーン ザッパーンザザザ ザッパーン
ん?急に波が激しくなったような…。
「ウッヒョーイ!!」
そして向こうから田島がサーフボードに乗って華麗に波乗りしてくるではないかっ。
「「って、おいっっ!!」」
同時に目を開けた二人は目の前でザルを持った田島を見た。
「え、何?どした」
キョトンとする大きな目。なーもしかして花井も見えた?あー、しっかり見えた。足を崩しながらガックリと肩を落とす。いわずもがなここは海、ではなく練習後のグラウンドである。そして三人は水着、ではなくアンダーとユニフォームのパンツ姿。何だよーと近づいてくる田島が何故ザルを持っているのかは少し時間を遡ってみなければいけない。

「なぁ、花井ー」
巣山は練習後のトンボをかけていたのだがふいに足を止め近くにいた花井に声をかけた。
「お、どーしたよ」
「あのさ今年って海、行った?」
海、という夏ピッタリのフレーズに花井が少し心を踊らせてしまったのは事実だ。
「えっなに巣山、海…行くのか?」
「行かない」
持っていたボールケースを地面に置いて小声で近寄ってきた花井の目がキラッと輝いたのを巣山は見逃さなかったが残念ながら欲しい言葉をかけてやることは出来なかった。
「…だ、よな…っつーか行けねぇよなぁ」
そうだよな…と至極残念そうな様子を見て即答で切り返してしまったことを少し反省し、でっでもさっ!と続ける。
「行きたいよなっ!行けたらいーよなって話」
「そりゃーよ、行きたいよ実際。つーか去年も泳いでねぇし」
「泳いでないって、じゃあ海は行ったのか」
「行った。行ったけどさぁ…親と妹とだしさ…。はしゃげねぇし、焼けたくねぇだのウルセェし。何もする気起きねぇての」
「うわぁ…オレも計画はしてたけどその日雨で中止っつー悲惨な結果に…」
思い出すとひどく自分が哀れになって顔を見合わせため息を吐いた。
「…片付け、やっちまうか」
「そーだな…悪いな、花井」
二倍重そうにボールケースを持つ花井に声をかけると力ない笑いが返ってきた。
「えーオレ行ったよ〜3回くらい」
「「マジでかっ!!」」
びっ、びっくりしたー、と水谷は身体をひいた。ベンチで着替えをしている中、諦めきれなかったのか花井が海の話をふったのだ。
「なん〜、今年じゃないよぉ去年だもん海くらい行ったっていいじゃんかぁ」
「どしたの巣山も花井も」
水谷が焦る横でアンダーを脱ぎ終えた栄口が急に立ち上がった巣山たちを見る。
「さ…栄口も、海行ったのか…?」
振り絞るように出した巣山の問いに、えっ行ったよーオレも去年に一回だけ。と簡単に答えられ更に項垂れてしまった。
「わっ!なんか悪いこと言った!?」
「いや、スマン栄口。何も悪くねぇ。オレも巣山も海系の話でちょっと、あってよ…」
「ハッハーン。さては海行ってねぇんだな?」
ガッシリと巣山と花井の肩に手をかけ何処からともなく既に着替え終えた泉が現れ悪戯な笑みをたくわえている。ゲッ!?と思わず顔に出た二人に水谷も栄口も成る程とリアクションが激しいことに納得がいった。
「青い空、白い雲、焦げる太陽、暑い砂浜と一面に広がるマリンブルー!海の家でくつろぐも良し、のんびり日焼けするも良し、気が済むまで泳ぎまくるも良し!そして開放的になった水着姿のねぇちゃんたちを拝み倒すも良しっ!青春っつーイチページには刻みたい思い出だよなぁ!!」
弁舌に捲しあげた終いに、ちなみにオレも海行ってっから。と付け加え、ボロッボロに心を折られた二人にご満悦の笑みを浮かべた泉は鼻唄を歌いながら去っていった。
「…やっぱ、そーだよな…。そんなヒドイ雨でもなかったのに行っとくべきだったよな…」
「オレだって、海目の前にして泳いでねぇとか…マジ贅沢極まりねぇし…」
放っておけば貝にでもなってしまうんじゃないかと思うほどにタッパのある二人が丸く小さくなっていく。ナインの中でも常識人2人がこの状態は非常事態と悟った時、
「ならオレが連れてってやんよ、海」
後ろからの凛とした声に振り返ると太陽を背にして後光が差して見える救世主田島が立っていた。
「って何てカッコしてんのさ、田島ぁ!」
「へっ?何が」
「いや柄パン一丁じゃん!」
「だってよーアチーし家帰る前に水浴びしとけと思ってさ、パンツも脱ぐか迷って」
「「脱ぐなよっっ」」
パンツに手をかけた田島の腕を水谷と栄口は見事セーブした。しかし、何だかおかしい。こんな状況に間髪入れずに怒声をあげるのは確か…。
「田島…ホントか?」
「オレたちを連れてってくれるって…海に」
「おー!!任せとけっ」
「「たっ田島ぁぁぁ〜!!!」」
ニカッと頼もしい笑顔の柄パン田島にもう巣山も花井でさえメロメロで彼の風貌などどうでもいいようだった。海に対してそこまで執着する理由とは…。
「ただのエロ心」
「違うと言い切れないところに、一票」
思うところは様々であった。

「まぁ、上手い話には裏があると言うわけで…」
小話を締めるような物言いを花井がするものだから巣山はフクッと口の奥で笑ってしまった。ちょっと残っとけよな!と捨て台詞だけ残し誰もいなくなったグラウンドで待つことものの3分。何だか色々想像で浮き足立つ心中の二人の前に現れたのは朽ちかけた大きなザルとビニール袋にこぼれんばかりの小豆を手にした、田島。
「よしっ!じゃ目つむっとけよ〜」
頭の上に大きなハテナを浮かべながら、まさか…まさかだよな…と悪い予感。自分達の期待が崩れ去るのをフツフツ感じつつ大人しく目をつむる、と。
ザザーン ザザザーン
あぁ、これは海の音だ…ザルの上で小豆が滑ることで紡ぎ出される海の音に近い音。きっと目を開ければなめらかにザルを動かす田島がいるのだろう。あぁ、よかったぁみんな帰った後で。泣きたい気持ちひとしおにこの状況で3人しかいなかったことに安堵する。いやしかし複雑な心境は拭えないが、なっ!!どうだった?と誇らしげに近づいてくる田島に悪意の欠片も見られない。きっと彼なりの気遣いだったのだ。花井に視線を向けると、わかってんよ、と目で頷く。この気持ちを無下にすることなどしてはいけないのである。
「音だけでこんだけ入り込めるもんなんだな〜」
「毎日瞑想してるし、創造力豊かになってね?オレら」
「それオレも思った!ホント海にいる気分つーか」
「ってか、何あのトンビ。スンゲェうまかったんだけど」
「あぁ、ぐっさんの真似を会得したんだ」
「何でもアリだなお前は…じゃあ途中、波荒くなったのは?」
「わかってくれたぁ〜!?あれはぁ石入れてザルん中でこうクルって。そしたら何かオレ楽しくなってきちゃって声だしちった」
「なぁ、田島」
「おぉ?」
「あんがとな」
「ハハッ!こんなんでよけりゃいつだってやってやんよ」
世界がオレンジに染まり出す。目の奥で写し出されたあのコントラストがスッと胸を通り抜けていった。いつか季節が変わっても泳げなくても本物を見に行こうと思うくらいに美しかった。野球は今の自分にとって一番だけれどふと出た浮気心。それはザルと小豆と田島によって解消され。
「んでよ、田島は海に行ったのか?」
「行ったぁ〜」
「「こんのやろぉぉぉぉぉ!!!」」
「イデデデデデデッ!!」
Wチョークスリーパーによって終止符を打ったのである。



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