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ミカンの汁にエロを
電源の落ちたデスクトップを呆然と眺めていたので外で雪がちらつきはじめたことに誰もすぐは気付かなかった。
「………う、あの…終わった、ケド……どーする?」
一言でもいいから言葉を発さなければこの居たたまれない空気を打破できないと察した栄口が震える手で頭を掻きながら誰ともなくたずねたのだが、瞬間両サイドの肩が大きく揺れたので動揺しているのは自分だけではないのだと心底ホッとした。
「……いや…どうって…どーよ……」
「…オレ…もっとチャラけて観れるもんだと思ってたんだけど……」
「……ガッついて観てしまったよね…実際」
巣山と花井は互いの顔を窺うように見るのだが案外同じ顔を自分もしているんだろうなと本能的に悟り避けるように頭を傾け掌で額を押さえた。栄口に至っては顔を伏せてしまっている。掌は異様に汗ばんでいるし心拍数も全力疾走した直後のように速い。顔は高揚しているし瞳孔も大きく開いていて重心が前屈みになっているのはやむ終えないことなのだ。まさに今興奮状態。三人が一様に理性と本能の間でやるせない気持ちを打ち消し合っているとき、
「ねぇ、ジャンケンでトイレ行く順番決めたりする?」
「ギャー!!!オレんちの便所なんに使う気だよっ!!」
栄口の肩に顎を乗せヘラリと何の悪びれもなく言葉を発した水谷は自宅のトイレの危機を察した巣山にヘッドロックをかけられ悲痛な呻きをあげる。すると一人涼しい顔をした田島がやけにピンクやラメがデコレートされた目に痛いパッケージを手にしてパソコンからCD-Rを取り出した。
「えっ…なに田島。なんでそんな素なの?」
水谷は一番騒ぎそうな田島が平然としていることに驚いた。
「お?ダメなん?」
「いやそもそも田島がAV見よーっつったんじゃん。なんでその本人が冷めてんのさっ」
「えーだって全然カワイクねーじゃん女優。過大広告だせ、マジ」
銀色の円盤をクルクル人差し指で回しパッケージを水谷に見せる。いかにも誘っている上目使いに淡いピンクのシースルーを着た女優がさっきの映像の中の女優と似ても似つかないと言いたいのだ。どれ、と栄口と花井も近寄る。
「…ほっほー。いや、まぁそだな…つーか、今オレはその人を見たくないわ…」
巣山も水谷の頭越しに見るのだがすぐ顔をそらすと腕をほどき掌で顔をグイとなぜた。なしてー?と水谷が下から見上げるとうっと息を飲む。
「…だって、さっきの…が…思い出しちゃうんだもんっ」
「っぐふっっっ」
「ばっ!もんてなんだよもんてっ」
「ウッセウッセ!!男の子なんだよっ結構限界なんだよオラァ」
栄口はむせるように咳き込み花井が涙目になって突っ込む。カァと上気した顔を複雑に歪め巣山がケタケタ笑う二人に食って掛かろうとしたとき。
「あぁでもわかる〜初AVって刺激強くっても〜一人だったらオナってますよぉ」
「えー我慢すんのよくねぇよマジで。やってくりゃいいじゃん」
「あっじゃあ巣山ぁ一緒に連れションならぬ連れオナしよっか」
田島に後押しされヘラっとした顔で水谷は振り向かぬ巣山の背中をポンポンと叩いた。そうピンポイントで巣山に爆弾を投下させてしまったのだ。巣山の次第に小刻みに震え出した両肩がピタリと止まった瞬間、栄口と花井はひきつった笑顔を固めた。水谷ヤメロと口をパクパクさせ訴えるが当の本人は頭に花を咲かせすぅやまぁーんと甘え声を出すばかり。怒りの沸点が高い人間こそ振りきれたときが本当に厄介で下ネタを苦手とする巣山は今それを振りきるどころか見事爆発させた。
「水谷……コロス」
「ブレイクッ!!ブレイク巣山っ」
「バカッ!!水谷オマエほんとバカッ!!謝れ!!巣山に謝れっっ」
「へっ?なんでっえっえっ!?」
ゆらりと揺れる眼光に殺意を見た栄口は必死に巣山にしがみつき頭から押さえ込まれ土下座を強要させてくる花井に心底キョドる水谷。田島は傍観者でなーにやってんのっとDVDの山の上に手にしていたソレを積みコタツにまた足を突っ込んだ。
「オイッ!もとはといやぁオマエが元凶だかんなっ田島。一人のんびりしてんじゃねぇよ」
「なんよオレが何したよ。AV借りただけじゃん」
「それだよっ!!それが仇となってんの。なんでハリポタ一気見しようってときにソレまで借りちまうんだよっハーマイオニーにどやされんぞオマエ!!」
冬といえばオプションとして外せないミカンを半分に割き片方を丸々口に放り込んだ田島は訝しげな表情を花井に返すと目線を天井に向け鼻で唸り残りの房をむしり取ってすーやまーと膝でコタツの上をはった。
「コラッ!自分家じゃないんだからっ行儀!!」
「わりっ栄口ーそのまま巣山ギュウしといてなっ」
「へっ?ギュウ?」
「巣山ーカリカリすっときはビタミンがたんねーんだぞぉ。うらっ喰え」
「ビタミンじゃないよーカルシウムだよー」
「あっヤベ間違えた。じゃあ効かねぇや」
「どーでもいい。もうどーでもいいわっ」
腹に入れりゃ一緒だろーとバカ笑いする田島と水谷に呆れ返る花井が額に手を当て遠い目をする横で言われた通り腰に回した腕に力を込めていた栄口がモゴモゴ顎を動かす巣山をチラと見ると目が合い手の甲をつつかれた。
「うまい、ミカン。もいっこ喰う」
喉仏を上下させ飲み込んだのを見て網カゴに盛られたミカンを掴み差し出す。それをキレイに四つに割きヒトキレ食べまた一言うまいと言った。
「あれ?巣山…ご機嫌いかが」
「アイムファイン。アンドユー?」
「ミートゥー。って、わぁ…ビタミン効いたよ…」
「マジかっ!いっくらでも喰えよ巣山」
「おいしーのミカン?オレも喰おー」
「はっ?オマエらなにその順応性。オレがオカシイの?この脈略のない会話の中にいつ和むときがあったの」
わらわらとコタツに潜り込み我先にと橙に熟れた果実に手を伸ばす彼らから一人遅れて花井がコタツに足を入れると何も言わずともミカンがぽてんと置かれた。
「花井、考えるんじゃない。感じるんだ」
「ブルースリーの名言汚すなよ…」
まぁお食べよ、と巣山がにこり笑うので花井は仏頂面はそのままに親指をグイとミカンのへそに突き立てる。プチュと小さな蜜の音がしてザラリとした皮が裂け果汁が絡みつく実の中で指先が濡れた。
「…………」
「……あっちゃー」
「極めましたね花井。ミカンでエロを感じるとは神的」
「つーかただのムッツリだろ、ムッツリ花井」
「痛っ!いった!!オレなんも言ってない!!なんでオレ蹴んのっ!?」
「水谷はそういう残念な星の子だから」
「ほら!!君たち日の出だよっ拝もう」
不揃いな手拍子が頭を抱えうつ伏せになった花井の頭部にこだます。
「全員キライだ…」
なんとも消え入りそうな声で呟いた我らの主将に茶化したり慰めたり謝ったり。AVとコタツとミカンと彼ら。ある冬の一日はこうして幕を閉じた。


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