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過ぎし明ける日
「…あ」
「あれ、明けましておめでとう。偶然」
「明けまして…なに、詣でてた?」
「そう。おみくじ引きたいってきかなくって」
極寒だという天気予報は見事的中しブラリ立ち寄ったコンビニを出ると身を切る寒さに足が止まった。年が明けてもう五日経ち祭りが去った後の閑散とした空気に首筋も毛羽立つ。喫煙場で気だるげにタバコをふかすリクルートスーツがオレを一瞥しこれ見よがしに顔をしかめたのは仕事初めの倦怠感の八つ当たりだろうがかまけるのもアホらしい。暇な学生とでも思ったんだろうが半端な社会人より毎日がいっぱいいっぱいだ残念ながらな。
初詣は親に手を引かれて無理矢理連れていかれたのが古い記憶にあるだけで人に押し潰される恐怖と苛立ちの募る参拝客が呟く怒声になにが神拝だと更に冷めたもんだった。
「オレ、人混みあんますきくないから今になっちゃった」
「ん、オレも行ってない」
「ハハッ。ゴメンそうだろうなって勝手に思ってた」
西広の太股に腕を回して見知らぬオレにおじる妹の頭を擦りながら、なに隠れてんの?と顔を伏せる西広の息が白く揺れる。小さい右手には大事そうに握りしめた白い紙。
「なぁ…おみくじって引いたら木に結ぶんじゃねぇの?」
「いやそうなんだけど、離さないんだー」
ふーんと鼻で息を吐く。何重かに並ぶ鳥居は所々錆びてはいるが自己主張も少なく佇む神社まで続く石畳と共に綺麗にされている。自由に伸びた樹木にもきちんと手が行き届いていて元旦には参拝客もチラホラいたが小さな子供の手を引く年寄りが多かったしオレはそれを遠巻きに眺めるだけで参りはしなかったけど商売ありきの名ばかり神社よか幾分好感が持てた。コンビニを出てすぐ近くのここでまさか西広を見かけるとは思わなかったけど。
「えらくまた大事そうになぁ」
「買い物がてら親の車で通りかかってさ。そしたら急にここでおみくじするってんだもん、ビックリしちゃったよ」
「へぇ…なんか気に入ったのかね、この神社」
「さぁどうだろう。でもオレはじめて来たけどすきだなここ。神様を奉るってこういうことだよなって思った」
妹の頭に手を添えて仰ぎ見るのは白んだ空によく映える紅色だろうか。オレは腰を屈め、しかと握るおみくじの端を人差し指でつつきまだ恥じらっているのかチラチラと視線の游ぐ彼女に問おてみた。
「なんか願い事した?」
うっと小さく唸ると西広が優しく笑んでいるのを確認してコクンと頷いた。
「あーとね、うささんぜんぶほしーって」
「………へぇ…」
チラと視線をあげるとシルバニアファミリーっていうのにハマってるんだ今、と通訳が話す。
「あぁ…あの指人形みたいなやつか」
「物欲だね。サンタじゃないんだけどなぁ神様は」
満面の極上スマイルでなーに?と返す彼女にはサンタも神もブッタでさえ一纏めに魔法使いなのだろう。桜色のマフラーは餅のように柔らかい頬が赤く色付く下で慈しむように首元を暖めている。違和感もなくただ素直に笑える西広が巻いてやったのだろうか。
「可愛いだろう、うちの子は」
「だな、嫁にくれるのか」
「さだまさしの父親の一番長い日ばりに阿部を張り倒す覚悟は出来てるよ」
「知らねーし、コエーよ。なぁ、みくじ持って帰ると神様は願い事叶えらんねぇよ。木にくくっちゃる」
「そなの?」
「うわ、オレの握り拳スルーなんだ。まぁいーや、くくってもらいな」
西広が背を軽く叩くと花を散らして喜びいつ転ぶやも知れぬような駆け足で鳥居をくぐっていった。
「親にもう少し待っていてもらうように電話するか」
「なぁ」
「ん?」
携帯を取り出した西広が屈んだオレの後頭部を見ている。
「なんか祈った、西広は」
「あぁ、うん。祈ったよ。月並み、妹がどうか今年も幸せでありますように」
あと家族、友達、親戚とか色々、とつけ足し言うのを聞きながら正月休みの鈍った足を軽く屈伸させて縮こまった背骨を伸びて反らせた。高い声がおにーちゃんと呼んでいる。ジャケットを羽織ったこのシュッとした男前の顔はどうだ、完璧な妹バカですよと言わんばかりだろう。
オレが知っているあの幼い記憶の中の大人たちがどれだけ他人の送る年が良いものであるよう祈っていただろうか。
「何かの縁だし、オレも祈っとこ。嫁候補のために」
「うん?ハハッありがとう」
でも嫁は許さないから、と真顔で言うから吹き出すしかなかった。石畳を歩いてふと見た割れ目から淡く芽吹いた白い小花に良い年になればいいなと午後の眩き散る木漏れ日の下で手を合わせて初めて思った。



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あきゅろす。
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