そんな毎日 私はいつも木陰やベンチの下なんかで寝ています。ミンミン五月蝿いセミの声にもめげずただひたすらの熟睡です。 私がここにお邪魔するようになってどれくらいになるかは覚えていませんが。とにかく広い庭が出来たことには喜びを覚えました。 今日も焦げるような暑さですが私はいたって元気です。 太陽の色に私の毛並みは似ているらしいのですが私には私の毛色の方が美しいと思えてなりません。だって毎晩ご主人様は私のこの艶やかな短毛にブラシをかけては優しく撫でてくれるのです。 そんな私のこの身体が太陽に負けるはずないじゃないですか。 なので今日も私は優雅に四肢を伸ばして夢の中へ誘われるつもりだったのです。 「アーイちゃん…アイちゃーん」 非常に鬱陶しい。 私のたわわな尻尾をムンズと掴んで左右に振るとは不愉快な。尻尾を触られること事態愉快には思えません。人間にしてみれば耳たぶを掴まれて上下に引っ張られるような違和感なんですから。 木陰で横たわり程好いそよ風にご満悦だった私の名前を連呼するこの子分の名はミズタニと言うそうです。 「アーイちゃーん寝てるのぉ?」 尻尾を触る手はそのままにして片方で私の洗練されたオシリをウリャリャリャリャっと指先で撫で回してきました。 痴漢行為も甚だしい。 先が白い私のお気に入りの後ろ足でシュッと蹴りをかましてやると、アイちゃんかぁーいー!と私の背中に頬擦りをしてきました。 私の毛並みがミズタニの泥や汗で乱れたものならワンの一声でも浴びせてやろうかとこのつぶらすぎる眼を開け背に覆い被さるミズタニを見上げたのです。 「……ねぇ、アイちゃん」 私に問いかけているのだと言うことは名前を呼ばれたことで何となくわかりました。ですがミズタニは私なぞ見ていません。 空を泳ぐその目線は私の愛するご主人様と私の可愛い妹分でもあるシノーカがいる方を向いていたのです。 ご存じかどうか知りませんが私たちの種族は目がよろしくありません。ただ嗅覚は自分でも惚れ惚れするほど優れているので匂いでどの辺りに何があるのか理解するくらい簡単なことです。 ミズタニは二人がいるベンチを見ていました。普段とぼけた表情の多い子分だと思っていましたが。こんなに何かをいとおしむような歯痒く色付いた顔もするのだと初めて知りました。俗に言う思春期と言うものでしょうか。 私もベンチにキュートな鼻を向けまたミズタニを見上げると頭を優しく撫でられました。 「…オレ……気持ち伝えられるかなぁ…」 それはそれは優しく撫でられたのでお腹でも見せたくなる心地よさでしたが生粋の乙女として恥じらいは持つべきと思い止まりました。 アイちゅわーん、とまた頬擦りしてきたのでデロンと顔面を舐めてやると目を見開いてこう言ったのです。 「アイちゃんのお口、クサス…」 言葉は理解できませんが私の愛撫に感激したに違いありません。涙を浮かべながらフラフラと木陰から立ち去っていくあの後ろ姿の情けないことといったら。 まったく。しょうのない子です。 さてもう一眠りしましょうかこんなにいい昼寝日和です。無駄に過ごしていたら私のこのイタズラに愛くるしさを撒き散らす肉球が涙するというもの。 柔軟な体をグイと伸ばせば猫のように爪が可愛い白の隙間からコンニチワしました。 「ぅえ、アッチー…。あ、お邪魔します」 不意打ちを食らって凛々しい耳がピクッと直立しドサッと私のお尻の向こうに座り込んだこの坊主はハナイです。暑苦しい大粒の汗を拭うでもなく首元を締め付けている余分な皮膚をハタハタと扇ぐようにして風をおこしています。 不思議なものです。人間とはなんと面倒なことをするんでしょう。裸一貫で付き合えないその根性。私を見習いなさいまったく。 鼻でフッと息を吐きペタリと顎を地面にのせると私のチャームポイントである眉の高さくらいの小花がフワリとお辞儀をしてくれました。その白い花弁の先には申し訳なさそうにつかまった七星テントウ。なんともうっとりする組み合わせ。 「…ハァ。マジであちいや。……あの人…は、…」 ほらハナイも見てみなさい!なんとも愛らしいではありませんか。白を持たないテントウが無い物ねだりの恋をしているようですよ。世知辛いですねぇ。 「……ハッ……何を盗み見てんだオレ。変態か」 あら。風が一吹きしてサヨナラされたテントウが飛んでいってしまいました。でも難しい恋ほど胸は締め付けられもしますが頑張れてしまうものですよねぇハナイ。 「花井くんっ!休憩終わりだよ声掛けしてっ!!」 「あっ!!!ハイッッッ」 キャー!さすがはご主人様。ハナイも飛び上がって駆け出していきたくなるほどの何とも通るご主人様の声ステキ過ぎますっ。 私なんて興奮してしまって意味もなくその場で二回りしてたわわな尻尾を思いきり振ってしまっています。 そんな私を澄んだ声が呼んだので軽快なステップでオレンジの視界へ飛び出していったのです。 「わぁ!アイちゃんはやーいスゴーイっ」 ハッハッと少し息を切らした私をシノーカがしゃがんで出迎え私は立ち上がり大きさの違う手でタッチしました。 「喉渇かない?私は渇きました。ちょっと休憩です」 冷たく跳ねる水が私のお気に入りの器に注がれていきました。タプリといい音で揺れるのを見つめシノーカが自分の水筒の蓋をパチリと開けるのを待ちます。そして目配せをし乾杯を分かち合い喉を潤しました。 カフッカフッ。ゴクッゴクッ。 満足いくまで体内を潤し少し飲みすぎた私がカハッとむせると心配した顔で背中を擦られました。 広い庭の少し盛り上がった砂の上に10人の子分とご主人様が集まっています。大きな声が重なると四方へ散っていきいつもの定位置でまた大きく声が響きました。 やはり何を言っているのかはわかりませんがなんとも熱く胸を焦がすようなキュウと涙が出そうに清々しく響き耳に届くので私はいつも子分たちのこの姿はどんなに睡魔が誘惑してきても頭をあげしっかりと見つめています。 それはシノーカも同じです。少し唇を噛んで一瞬泣きそうな顔をするのを一番近くで見ているのは私以外いないでしょう。 「アイちゃん。…みんなカッコイイね…」 降り注ぐ熱で落ちた帽子の影の中に炎が灯った目の子分たちを見回し。そして最後に決まって同じ子分の後ろ姿を息を止めほんの数秒見つめているのも私しか知らないでしょう。 シノーカはまた小さい身体で子分たちの為に動きはじめ私はアクビを噛み締めベンチの下で昼寝再開の準備に入ります。 例えば私が彼女たちの言動を十分理解できないように同族同士であったって全てをわかり合うことは難しいと思うのです。それを寂しいとか悔しいと涙するのもまた然りですが。 見てください。あんなに空は広く青く青く世界は彩り鮮やかなのですから私みたいに自分を愛して手足を伸ばしてそんな毎日を楽しむのもステキだと思うわけです。 でわオヤスミナサイ。 [*前へ][次へ#] |