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三段跳びの果て
人間の足か?カモシカとかあぁいう断崖絶壁に住むような動物の足じゃねぇか?などと思うのだが足先には五本ずつ指が並んでいるので花井の考えは比喩的なものである。
「なぁーまだー?オレまだ逃げてっ途中なんだって〜」
黙ってろ、ピンセットを逆さにして田島に向けると、こっえぇーと寸分も恐怖など含まない笑い声を出し足の指をこれまた違う生き物ように動かしてオチョクってきた。保険医が残していったコーヒーの香ばしいニオイが少し開いた窓の風に微かに乗って鼻腔に届く。
「オマエさぁ何やってたんだよ」
「へ?オニゴッコじゃん。オレ逃げる役」
「で、なんで二階の窓に向かって三段跳びみたいなことしてたわけ」
「そっから外に飛べると思ったからに決まってるっしょ」
「バッかじゃねぇ!?」
綿に含ませたオキシドールを血が滲む膝に容赦なく擦り付けた。ヒデデデッ!!と全身毛羽立たせ引っ込めようとした足を片腕でガッチリ挟み込み花井はその上からアルコールでも吹っ掛けてやりたい気持ちをグッと堪える。
「そんなんバカのするこったろーがよっ!!」
「なんだよぉ〜オレバカじゃんっ」
「あぁバカだよ大バカのド阿呆だよっ!!知ってるわっんなこたっゲホッ」
捲し立てた終いに肺が苦しくて咳き込むと、おい花井ダイジョウブか〜と軽く背中を叩かれた。
昼休みにトイレから教室に戻ろうとした時だった。数名の男子が脱兎の如くかけてくる中に田島がいるのがわかって花井は瞬間的に捕まえる格好で構えていた。必然的に捕まえなければと思ったくらいで他意はなかったのだがバタバタと足音が後ろへ遠退いていき、花井は腰元で構えていた拘束用の腕を見てアレ?と振り返る。走り去る背中に田島はいない。
は?どこいった?確かにいたぞアイツ。どこ…。
タッと小走りで彼らが走ってきた方へ進む。と、ピュッと強い風が横から吹きつけてきて一つだけ全開に開いた廊下の窓に気付いた。
「何でここだけ……。…っ!」
まさかっ!?窓から半身乗り出して覗き込む。下は中庭でキャイキャイと女子が戯れていて花井が危惧していたようなことは起こっていなかったのだが。
「どぅえっ!?はっなっいっそこどいてぇぇ!!!」
「へっうわっギャアッ!?」
ハプニングとは予期せぬことを指すのだと花井は身をもって実感した。

「んだよぉ〜途中オレずっコケたから花井に迷惑かかってねぇじゃん」
なーんでそんな怒られんの?と口を尖らせ明後日の方を向く。
「かけてんだろーが実際、ここでこうやって手当てしてるオレに!」
職員室に戻るから後よろしくと保険医に頼まれた花井は真四角のデカイ絆創膏を貼りつけオシッ終わり、と満足そうな顔をした。田島が自分で傷を処置するかといえば不安があって花井は自分から手当てを申し出たのだ。
「サーンキュ、じゃっ!」
「ちょいまちー」
片手で礼を言い直ぐ様部屋を出ようとした田島の腕をクンと引いてどわっ!ともとの円卓椅子に座らせるとぐわんと椅子が回った。
「ネバギブアップ精神のオマエのこったからまた再度アレをチャーレンジしに行くんじゃねぇかとオレは心底心配してんだがソコんとこどーなんだよ田島くん」
「えっ何ダメなん?」
さも当たり前のような返答にグーの音も出ないぜ、と花井は大きく溜め息を吐く。
「ダメとかじゃねぇよ、マジ普通に危ないだろ。何でんなことわかんねんだよ」
「言ったじゃん、飛べると思ったからって。ダイジョブ、うまく着地できるよケガなんてしない」
「アホかっ、現に今怪我してんだろ!寝ぼけたこと言ってんなよ」
「これは違うじゃんか〜ダイジョウブだって」
なぁもう休み時間なくなっちまうじゃーん、と靴の底で床を数回蹴る田島に花井は苛立ちを覚えた。ズボンを捲りあげたままの左足の絆創膏にはうっすら血が滲みだす。無駄に騒ぐからまた深く切れたのかもしれない。
なんだコイツ、大丈夫大丈夫言いやがって。オレの話なんか聞いちゃいねぇ。万が一怪我しちまって野球出来なくなるとか考えねぇの。田島ってこんな無責任な奴なのか。
「…わーった、もう言わねぇ。すきにすりゃいいだろ、ったく」
田島より先に花井は立ち上がり借りていた備品を片付けだしたが使用済みのピンセットを何処にしまうのかわからず少し唸って取り敢えずメモを残して机に置いておくことにした。
「……りちぎな奴」
後ろに立っていた田島がボソリ呟く。律儀という言葉を知っていたのかと感心してしまった自分に大きく首を振り、早く行けよと冷たく吐いた。
「……なぁ花井」
「…んだよ」
「オレは自分を駆り立てるもんがほしいだけだよ」
くるり振り向くと黒い眼球が花井の内を抉るように見ていた。ドクンと心臓に重石がかかったみたいで。
知ってっか田島。オレはその目が嫌いなんだ…。
目をそらさないことが唯一の抵抗だとグッと眉間に力を込める。
「…どーゆー意味だよ」
「まんま。花井がそれをくれるっつーなら、オレは花井の言うことなんだって聞いてやらぁ」
「意味わかんねっ!しかも別に聞いてほしかねぇ」
ウソだねっ、と即答で返され握った手の甲で花井は胸を軽く叩かれた。
「オマエがオレの何なのかハッキリさせてくれよ」
少し押されただけなのだがグラリと身体がよろけ背にしていた机に腰がぶつかる。は、と、う、の境のような口を開けて花井は頭の中で言葉を復唱した。
オレが田島の何なのか…?
無言のままにじり寄ってくる田島の目はまだ花井を捉えていて奥歯を噛み締めるしかできない。同級生とか野球部の仲間とかじゃない違う何か。本当は口に出したかった。胸を張って大声で叫んで田島をおののかしてやりたかった。カチャリとソーサーが鳴る。机についた手が触れたのだ。するとそれが合図かのように田島は一歩後ろへ跳ね、やっぱやめたと窓へ視線を移した。
「無理矢理言わせたって面白くねぇもんな」
花井は息をすることを思い出したように空気を飲み込む。活発な目が空を仰いでいてさっきまでの覆い被さるような空気は消えていた。もうあんなことしないから安心しろよ〜、大きく伸びをしてあのしなやかな足が花井の前を一つ二つ離れていく。紛れもなく人間の足。隙があれば特別視してしまう逸脱した存在だからと彼さえいればなんてそんな。
無責任なのはホントは誰だよ…情けねぇ。
肩を並べていたい追い付きたいなんて滑稽だろうか。
「…っ!すぐだっ」
田島は断崖絶壁にいるわけじゃないし三段跳びしてその果て見るくらい出来るって思いたい。あの振り向く視線を食らうくらいの自分になって。
「オレのことしか考えらんねぇようにしてやっからな!!」
ズルい言い方だけれど今は精一杯の言葉だ。しかし荒げた息を整える間に気付く。考え方によれば違う意味にもとれることを。
「〜〜〜はっない、エロ〜!!!」
オレ花井にコクられたぁー!叫びながら廊下に走り出した田島を追いかけることも出来ず顔を青くする。盛大なため息をつき途端力が抜けてヘタリと床に座り込んだ。田島が言葉の意味をちゃんと理解しているかは甚だ心配だがそういうところはちゃっかり頭の回る奴ということも知っている。壁にもたれ首をあげればガラス越しにのびる一面の青。
「あーくそー。空は広いなぁ」
花井は両手を握りしめチャイムの音を聞いていた。



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