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努力は美しくなんかない
努力とは単調で地味で地道で汗くさくて毎日の素振りでミット磨きで、必ず報われる保証のないもの。なのにどうして、こんなに毎日を努力に費やしてしまうのか。一歩街に繰り出せば世界は薔薇色で楽しいことが溢れているのに。どうして自分たちはぐちゃぐちゃ泥まみれでただのボールを追って追って追い続けているのか。決まってる、それは甲子園を目指しているから。ただ、それは必ずしも約束された未来ではない。だから努力する。限られた時間で家へ辿り着けるだけの体力のみ残して毎日ただひたすら、ドロドロのぐちゃぐちゃのヘロヘロになっても。
「フミキーソファで寝ちゃわないでね?ユニフォーム洗濯機入れて、ちゃんとベット行きなさい」
「…ふぁーい」
努力は見えない。勝ちor負けを努力の結果としか思えない奴など大ばか野郎だと叫んでやりたい。頑張ってるね、と以前母親に言われた。水谷は頑張ることならこの短い人生の中で数えきれないほどやってきた。すくえばこぼれる砂のような数だ。ありがと、と返した言葉に感謝はもちろんこもっている。試合に勝てば一緒に喜び負ければ悲しんで水谷本人を応援し力になってくれるのだから。だが。だけど、でも、とも思ってしまう。
「うわぁ〜キッタねぇ」
エナメルから取り出したユニフォームを洗濯機の前で広げてみる。泥と埃と汗と何だかよくわからないものもついていそうなそれはもちろん匂いも驚異的。
「よしっ!キレーキレーされといでっマイユニちゃん」
丁寧にドラムの中に入れて気休めとしか言いようがない消臭剤をエナメルに吹きかける。シュッ、シュッ…シュッ。ほのかにライムの香り。そして気づく、頬を伝う冷たいもの。
「えっウソ!?…あぁ〜なんでっ…うっ」
ポトリ、手の甲に落ち。ズルズルとしゃがみこめば寝巻きのスウェットに1つ2つシミをつくる。きっと明日になればユニフォームからは汚れもニオイもさっぱりなくなっていて気持ちよくまた部活に行くことが出来る。そう、今までだってそうだった。いつかのスライディングの跡やフライに飛び付いてキャッチした跡。不幸にも水溜まりにダイブしてつくったシミなんかもあったのに。全部全部、次の日には何にもなかったみたいに真っ白になって水谷を見ていた。
「くっそー…なんでこんなっ、悲しいんだよぉ」
ユニフォームの汚れも、エナメルのニオイも。もしかしたら努力すら明日にはキレイさっぱりなかったことにされる日が来るのだろうか。たかだか勝ち負けの話で残念だったの一言で終わらせられる日が。
だとしてもずっと先のことなのに…ずっと先…じゃないよな。たったの2年だもんな。

「なぁ、もしの話」
「へっ?なになに」
「試合。勝つために相手の選手を故意に怪我させろっつったら、オマエ出来るか?」
「………えっ」

昼休みの話だ。遠くを見ていた阿部の席に茶々を入れにいった水谷に。すごむでもなく、真剣でもなく。ただ阿部の顔で水谷はそう問われ返事が返せなかった。
幾多もの選手が栄光を掴めずキレイな涙を流してきた甲子園の大舞台。美談として今までの軌跡をまとめられたりもしてきたのかもしれない。だが水谷は思うのだ。努力は美しくなんかない、と。世の中に美しいものなんかありすぎて、その中の1つに自分達のこの短かすぎる3年間が埋もれてしまうなんて考えたくない。むしろとことんドロドロのぐちゃぐちゃにして消えない染みにしてしまえば、忘れたくても忘れられなくなるのだろうか。
オレは自分が今までしてきたこともミンナがしてきたことも1つも無駄にしたくないし、甲子園で優勝して証を残したいってホンキで思うようになったよ。
袖で顔を強く拭いすぎてピリッとした。鏡を見れば鼻先と目が赤くなっていて、すぐさまベットに直行しようと決めた。
努力とは単調で地味で地道で汚くてドロドロのぐちゃぐちゃのヘロヘロで、決して報われる保証のないものだけど。叶わないと決まっているものでもない。努力した量や質で勝ち負けが決まるならいくらだって汚れてやろうと思う。ただそれでも補えない部分があったとき、その時には。
何もかも終わってユニフォームが二度と着れないくらいボロボロだったとしても。みんなが笑ってたら、オレはそれが一番嬉しい。報われたって思える。
冷たい水で顔を洗う。
「ふい〜」
阿部に考えて泣いたことを言ったら呆れられるだろうか?もしかしたら何となく言っただけで深い意味なんかない、と流されるかもしれない。でも人間の構造上、脳を概してでなければ口になんて出来ないのだから。少なからず頭をよぎった考えで、阿部にだって思うことがあったのだ。
三橋はエースで阿部はキャッチャーと副主将、花井は主将で控え投手に田島も4番と兼キャッチャーしてる。栄口も副だし、沖だって控えがある。泉も巣山も断然オレよかうまいし頭も使う、西広だって頭脳プレーの野球にはあってるよ。
じゃあオマエが出来ることは?と問われればやっぱり答えは出ない。だから反則行為をやれなどとは誰も望まないのは承知の上だ。
ユニ入れたからね〜と階段を上る途中キッチンに向かう姿を見つけ声をかけると、ありがとぉおやすみーと笑顔が返ってきた。ボフッと音をたてベットが水谷の身体を支える。干された布団のにおいに瞼が重くなる。
「真剣って疲れんだから〜…」
ぐいぐい頭を布団に擦り付けて上布団を身体に巻き付けた。今頃みんなは何をしているだろうか。当たり前のように野球のこと考えていたりするのだろうか。
オレが出来ることって、きっと野球に一生懸命になることだよな。
少しして小さな寝息。たかだか2年。されど2年。泥と埃と汗にまみれチームのため自分のために費やす先に、成長がある。それこそが何にも変えがたく美しく素晴らしいものであることを水谷は感じたいのだ。



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