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風の強い日
「ぅおっほ!?」
自分が出した間抜けな声に赤面も赤面であぁと顔を手で覆ってしまう。
「…、ゴリラ」
「いや、阿部ちがうだろ…原始人的な」
「ハハ…、そんなフォローしてくれなくていいから」
2つくっつけた机の左に主将、右にもう1人の副主将。茶化してんだよ、と阿部が飄々と付け加え花井がゴメンと手でジェスチャーをした。
突如吹き荒れ出した強風でグラウンドは砂ぼこりが幾重にもうねっていて部活どころではなく。室内は容量オーバーのためなんとか見つけた渡り廊下で風を凌ぎつつ出来ることをやって解散となり。主将人は明日のミーティングをこのポッカリ空いた時間ですることにしたのだ。
「しかし、スゲェなこの天気。天変地異かっつーの」
「う、うん…そうだよねぇ」
「いつかガラス全部割れんじゃね?」
「わーっ!!もう阿部やめてよっ、想像してたけど声に出したら本当になりそうじゃん!!」
ブルッと身震いする身体を抱きしめる。ミーティング場所は7組。花井の席に集まったはいいが窓を背にして陣取った栄口には外の状況が音でしか伝わってこず嫌な想像ばかり頭を廻っていたのだ。さっきも突風の体当たりで窓があり得ない音で鳴いたものだから耐えてきた恐怖心が思わず喉からコンニチワしてしまったのである。
「うひー、みんな無事に帰れたかなぁ」
「大丈夫だろ。今よりはまだマシな内だったしなぁ」
「…だよねー。…。だけどさーオレ心配なことあるんだ」
なんだよ?花井がシャーペンを持った手で頬杖をして言葉を待っている。うーん、俺の空耳であってほしいんだけどさー。小さく唸りながら眉にシワを寄せ苦虫を潰したような顔で栄口は阿部を横目で見る。黙々とメニュー表を書き換えているようだが自分がこれを言えばこのすました顔が一変、般若のように変わってしまうことは明らか。その後の惨劇を考えると言うまいか考えてしまう。だけどこの天気。ここまで酷くなるとは思わなかった。何かあってからでは遅いのだ。あのさ、と栄口は続けた。
「田島が、三橋に言ってたんだよ。面白くなるぞ、って」
ポキッ、と可愛らしい音が右から聞こえて、…ハァァァ?と可愛らしくない凄んだ声も聞こえた。
「ちょっと待てよ、栄口。何が面白くなるぞだって?」
「いや、わかんないけどあの笑い方。なんか嫌な予感がさぁ…」
嫌な予感、がよぎったのか花井の血の気がサーッと音をたてて引いていくのが聞こえて金魚みたいに口をパクパクさせている。掛け時計の音がやけに耳に響くような沈黙の後あの男が低く唸った。
「…あのよぉ」
「え、えっ!?ちょっ阿部っっ」
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
凄まじい勢いでシャーペンの先から芯が押し出されて今一本目の犠牲者がノートの上にダイブした。眉間に青筋をたて明らか動揺しているが口許だけひきつった笑みをたくわえている。
うわぁ…貧乏揺すりまでしてるよ、無惨…。
栄口は乾いた笑いを出しながら何?と返す。
「オレは今一番考えたくないことを考えてんだけどさ…イヤ、間違いなく確率的にないとは思うんだけどさ。…万が一でも当たってた場合にオレはどーしたらいいと思う?」
どーしたらいいってもう完璧にやること決めてる目ぇしてますけどっていうか阿部…す、スッゲェ怖いっ。
花井も同じように思ったらしくお互いすり寄るように近づいた。冗談抜きで今の阿部は危険極まりない。
「と、とりあえず携帯!花井連絡入れてみようよっ」
「おっ、そーだなった、田島に入れてみっか!な!!」
お互い上ずった声で阿部をチラッチラ見てアハハッなんて意味もなく笑ってみる。
焦点あってないぞー阿部ー。
「オイッ、でよーマジで予感的中だった場合アイツどーすんだよっ」
「知らないよ!もう差し出す他ないじゃんっ可哀想だけど」
クルリ阿部に背を向けて結論なるようになる!とメモリーで田島を見つけ花井の携帯がコールを鳴らし出す。
プルループルループルループルループル、ピッ。
「あっ!!田島っ今どこ…っうわっ」
「ったじまァァァァァ!!!!テメェ今どこにいやがんだクラァァァァ!!!!」
ピッ、プープープー。
「あ…切られた」
「いってー!!ビックリすんだろがっ急に引ったくんなよ!あ、べ…」
後ろから机を乗り越え怒声をあげた阿部を見て後半覇気を無くした花井の声に栄口は悟った。ワイシャツを助けを求めるように引っ張られるが阿部を今振り替える勇気は申し訳ないがない。いや振り返らずともどんな顔をしているかなど容易に想像がついた。
…般若阿部、降臨。
「…、ちょっと。今から田島んち行ってくるから、後、頼んでもいいか…」
「えっ!?やっ、行ってどーする…んだよ」
「もしかしたら戻ってっかもしんねぇし、居なくても帰ってくるまで待つ」
感情が剥がれ落ちた声に花井がビビりまくっていて持久戦に持ち込む気満々の阿部の発言には田島に明日がないことを示している。さっさかカバンにノートと筆箱を片付けると音もなく廊下へ向かっていく阿部にようやく栄口は向き直り、
「阿部は大丈夫なの?外、危なくない?」
阿部への心配2割、これから起こりうる悲劇の防衛8割の為に後ろ姿に声をかけた、が。
「…オレは…」
廊下に出た阿部はドアに手をかけ、
「田島を手にかけるまで死なねぇ」
振り返ることなく姿を消したのである。
…。
……。
………。
「今の言葉って…カッコいいの?」
「ハァ…しるかよ…」
とにもかくにも残された者にはこれから起こりうる厄災などわかる筈もなく。自分達の仕事を終わらせた頃には風は心地よい夕暮れの秋風にかわっていた。

「あっ、もっしもーし三橋ぃ?いま大丈夫?今日って、あの…無事に帰れた?……、あっお母さん迎えに来てくれたんだぁ、ヨカッタねぇ。…オレ?ダイジョウブだったよーあんがとね!で、さぁ?田島ってもしかしてどっか遊び行ってた?………、やっぱし…あっううん!!こっちの話だよ!ごめんね。うん、うん、ハハわかった。急にごめんね〜三橋、じゃあねぇ…あっ!」
「明日はたっくさん晴れるといいねっ」
切ボタンを押しふぅともう一度自転車をこぎ始めた。嬉々とした三橋の最後の返事がまだじんわりと耳に残っている。
本当に今日は風が強かった。きっとグラウンドは荒れちゃってる、整備からしなきゃな。
稲穂が頭を垂れはじめて赤とんぼが帰り支度をしている。もう夏の匂いは遥か昔のよう。
めんどくさいな、でも。オレ、楽しみにしてるんだよな。
苦笑してみると田島の顔がポンと浮かんでブフッと吹き出してしまった。阿部との対決はどうだったのだろう。
いろいろ、明日が楽しみだな。
坂道に差し掛かるとヒャッホー!と両足を開いて茜色の空と深い青の中に栄口は飛び込んでいった。

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あきゅろす。
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