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1.本土のこと(4)


 ボクと滝本が3人の部屋の前に行くのと、そこの扉が開くのはほぼ同時だった。
 足取り軽く蝶野が廊下に出て、ボクらに笑いかける。
「ナイスタイミング! 丁度仁科を呼びに行こうとしてたんだよ。ねっ? 庵原」
「えっ? あぁ、うん?」
 蝶野に続いて部屋を出た庵原が、急に話を振られて首を傾げた。けど特別追及もしないでボクらを見る。
「そういやここらって、人少ねぇんだな。ゴールデンウィークだってのに、観光客も見当たらなかったけど」
「殺人犯が逃げ込んでるからだろ」教授が吐息をつく。「いつだったかは忘れたけど、他県で何人かを殺した野郎が最近ここに来て、そのままみつかってねぇらしいな」
「『何人か』って、50人くらい?」
 蝶野っ!!
 いくら島に500人を殺した殺人鬼がいたからって、それを本土に適用するな!!
 キョトンとするのは滝本だけで、教授は額を押さえ庵原は顔を引き吊らせる。たぶんボクも庵原と同じ状態だ。
 あーもう……。
「あのさ、蝶野、さすがにそれはない。その10分の1くらいだと思うよ」
 フォローは後回しにして、まずは蝶野に『常識』を教える。いや、正確にはこんなものは常識なんかじゃなくて、まさしく非常識なのだけれど。50とか500とか、現実味の薄すぎる数字と比較すれば、まだ『常識』だ。
 さて。「へぇ」と頷く蝶野はともあれ、滝本にはなんと説明をつけよう。このままお茶を濁してしまおうか。
 ボクがそう考えたときには、庵原が口を開いていた。
「そういや、そんな感じの猟奇殺人の本あったよな。ああいうの苦手なんだよ、俺。なんか気持ち悪くね?」
「俺本読まねぇからなぁ。アウトドアのが好きだし」
 滝本がきれいに話を反らされた。こいつが物事を深く考えない奴だってことを失念していた。
 ともあれ、庵原の誘導で蝶野の失言も無効になり、それで、外へ出る。殺人犯が潜んでいる、ってのは恐ろしいものがあるけど、滝本は気にしていないみたいだし、庵原も教授もいるし。
 ……なんて考えは、少しばかり楽観的すぎなのかもしれない。島であの施設へ行ったときも、御船先生がいるからと考えていたら、結局はぐれて、それで櫻庭さんに助けられた。
 例えばいま、庵原や教師や、蝶野ともはぐれたときに殺人犯に遭遇したら、ボクらはどうするのだろう……?
 ……いやそうじゃない。その他力本願な考えから払拭しないといけないんだ。
 それと、いまは休暇中なんだから、もっと楽しく明るくいこう。そうしよう。
 そう思ったのと同時に、「どーんっ」という声がして、道の脇から飛び出した人影が滝本にタックルを決める。その声どおり、滝本はどーんと倒れた。
 地面に転がる2つの影。そのうちの1つ――滝本にタックルをくらわせた小柄な人影が、ひょんと起き上がる。
 空はもう薄暗くなり始めているのに、まるで蛍光灯でも持っているかのように明るく輝いて見える笑顔を浮かべた女の子だ。短めの髪に黄色いカチューシャが似合う、華奢な子。たぶんボクらと同い年か、少し年下。
 彼女は純真無垢な笑顔を惜しみなく振り撒きながらボクらを見回す。そして、教授を見て「ギョっ」と唸る。
「外国人さんだ! はろー?」
「は?」
「ないすちゅみーちゅ?」
 怪訝顔をする教授に一切怯まない女の子は、左右順番に首を傾げてから、「うーむ」と両腕を組んだ。
「もしや英語の通じない国の人……?」
「普通に日本語通じるからっ」
 いつの間にか復活していた滝本が、女の子の頭をぺちりと叩く。女の子は「きゃう」と仔犬のように悲鳴を上げた。全体的に小さいし、本当に仔犬みたいだ。
 滝本は仔犬の女の子を無視してボクらに向き直ると、「こいつ気にしなくていいから」と言う。
「でもさ、なんか跳ねてっけど?」
 首を傾げる庵原の指摘どおり、女の子はひょこひょこ小さく跳ね回っていた。
 たぶん彼女は、ボクらには理解しがたい世界の人なんだと思う。

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