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2.真夜中の追悼(1)




 暗闇にぼんやりと浮かび上がる、蝋燭の小さな灯り。ゆらゆらと揺れる炎に映し出される蝶野の表情は、天使の微笑ではなく真剣そのもので、彼の声も、どこか重々しく室内に響く。
「そんなのはいるはずがない。なのに、いるはずがないのに、それが確実にいるんだ。後ろから。近づいてくる」
 開け放した窓から吹き込む風が頬を撫で、そして蝋燭の火を揺らした。
 ボクはそれを視界に収めながら、蝶野の言葉の続きを聞く。
「自分の意思とは無関係に躯が動いて、振り向きたくないのに、後ろを見そうになるんだよ。イヤだイヤだイヤだって思ってるのに、全然声が出なくて。それで、後ろにいる何かが見えそうになったところで、でもそこには何もいなかった。安心してまた振り向くとそこには――――」「わっ」「ギャアァァァァ――――――――ッ!!」
 なっ、なななな「何するんですかッ!!」おお思わずさ、叫んでしまったじゃないか!!
「クッ……ははは! 悪いな、ははっ」
 蝶野の話の途中で急にボクの肩を叩いた優男が喉の奥でクツクツ笑う。眼鏡割るぞ。
 思いきり睨み付けてやるけど、この優男は余計に楽しそうに腹を抱える。「ククッ……」って、本当に悪役笑いをしている。腹立つなあ。
 ボクがそこで苛々していると、優男とは反対側の隣から「に、しな」と、何故かぎこちなく名前を呼ばれた。
「うん?」
 顔を向けるとそこには、庵原がいた。……近い。庵原近い。
 なんでって、そりゃそうだよ。いま左隣の優男に驚かされた勢いのせいだよ。勢いで飛びついたせいだよ。「ごめん!!」
 慌てて庵原から離れる。
 くぅ〜……。こんなはずじゃなかったのに。
 蝶野の言っていた『イベント』は、少し早めの怪談話だった。メンバーはボクと蝶野と庵原と優男……御船先生と轟木先輩と教授。この面子で怪談話って、確実にボクを狙ったんだろう。だって、もう5人が1つずつ話し終えたけど、その間怖がっているのはボクだけだし。
 特に庵原の話が怖かった。思い出すのも嫌だ。
 というか、「席替えしない?」
 轟木先輩の部屋のソファーに、先生、ボク、庵原の順に3人で座るのは、ちょっと……。御船先生には驚かされるし庵原は話怖いし。
 ボクの真っ正面には蝶野、向かって左に教授、右に轟木先輩。どうせならボクは、先輩の位置と席を替わりたい。だって御船先生が遠退くし。
 なのに。
「却下ぁ」
 蝶野はソファーの上で小さく躯を上下させながら言う。
「というか、そろそろ怪談話から肝試し大会になるから、席替えの意味がないんだよね」
「肝試し……?」
「そっ。本当は肝試しメインなんだけど、雰囲気出すために先に怪談話しただけだから」
「聞いてないよっ!!」
「言ってないもん」
 ……。
 蝶野のバカぁ。
 彼の笑顔を睨み付けてやろうとしたら、唐突に蝋燭の火が消えた。風が吹き込んだわけじゃないのに、いきなり。
「あれ?」
「燃え尽きるの早くねぇか?」
「さっきまでしっかり燃えてたんだから、そんな簡単に消えるわけないない」
 蝶野の声に続き、教授と庵原が言った。
「あれじゃね? 怪談話とかしてると沢山寄ってくる的な」
「先輩っ、やめてください」
「なんか肩が重てぇんだけど」
「そういう冗談よくないですよ、教授」
「目ぇ回りそうなんだが」
「先生はそれいつものことじゃないですか」
 言うと、左隣、つまり御船先生が舌打ちした。何考えてんだ、この人は。
 というか「いい加減火をつけるか明かりをつけるかしようよ」
「そうだな。ついでにネタもバラすか? なっ、蝶野」
 庵原に話を振られ、蝶野が「あっははっ」と笑う。
 何?
「仁科、あのね、これ俺が消したんだよ? もっと注意力が必要だね」
「へ?」
「課外のときもさ、俺が一撃目を打ち込んだ後に気づいたよね?」
 あっ……。
 そうだ。課外のとき、蝶野が繰り出した拳に、ボクは全く反応できなかった。いま彼が蝋燭の火を消したことにも、全然気づかなかった。
 御船先生はもちろん、庵原や先輩や教授は気づいていたんだろう。
 ボクが如何に集中力がないか、決定的に弱いか、それを見せつけられたような気分だ。
 そんなことを考えていたら、とんと右肩に手が乗せられた。
「蝶野の悪ふざけのことで深く考えんなよ。気楽にな、気楽に」
 庵原のこの察しのよさと優しさはどこからくるのだろう。人間的にかなり大人だ。左隣の奴よりも。
「なんか思ったか?」
「思ってません」
 なんでこんなときだけ人の心中を読むんだ、この駄目教師は。
「とりあえずさ、そろそろ次行こうぜ? 時間的にもいい頃合いだろ?」
 轟木先輩が暗い中で腕の時計を見る。文字盤が見えるのか?
 ボクの疑問を他所に、蝶野が元気一杯に立ち上がった。
「そだね。行こっか、墓地へ」
 ……本気ですか?
 教授も庵原も先輩も、なんの疑問もなく立ち上がる。御船先生だけは、立ったと同時によろけてどさりとソファーに腰を下ろす。
「立ち眩み」
「大丈夫ですか?」
 ぐったりと項垂れた頭を両手で支える先生は、「あー……」と呻いてから人語を喋る。
「少し休んでから行くから、お前ら先行ってろ。轟木、部屋借りるぞ」
「どーぞ」
「ついでに私物チェックしとくな」
「やめてっ!! 本当に勘弁してっ!!」
 轟木先輩必死。
 御船先生がその彼に片手を挙げて答える。それが肯定なのか否定なのかはわからない。ただ、慌てる先輩を教授と庵原が、座ったままのボクを蝶野が、それぞれ部屋の外へと連行した。

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