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1.雑音(3)
「……。なあ、紫音」
「何?」
 紫音の声色は決して変化していない。だが、彼の雰囲気がこれ以上話しかけるなと語っているかのようだった。
「いや、なんでもない」
 慌てて首を横に振り、緋遊は事務所を出る。触らぬ神に祟りなし、といったところか。直感的に、いまの紫音に関わってはいけないと判断した。
 彼は貸ビルを出た所で、ふと息をつく。
 3月になったばかりの昼間の大気は温かく、この日は風も穏やかだった。緋遊の斜め上に見える空は青く澄んでおり、左“眼”で『見得』る世界を煩わしく思わせる。
 いつになく和やかな気分に浸っていた彼は、しかしすぐに気を張り詰めさせられた。左“眼”の疼きによって。
 僅かに上げていた視線を正面に戻す。“眼”の前を、1人の白人の男が通り過ぎる。
 襟足の長い赤毛、180センチ程の背丈、死んだような切れ長な右目と、やはり死んだような切れ長な左“眼”。真っ黒なヘッドホンを耳に宛がった、引き締まった細い体躯の男だ。
 シャーロック・ローレンス。
 その名前が脳裏に過る。
 すぐさま追いかけようとした緋遊は、しかし何者かに腕を掴まれて立ち止まった。
「待……った……」
 息を切らせながら言う相手に、緋遊は驚いたような顔をする。
「静瑠、なんでお前が?」
「他に、誰もいないし、ケータイ、放置だったし……。ハァ……」
 緋遊の腕を掴んでいた青年――城賀崎静瑠は、膝に手をついて乱れた呼吸を調える。
「ハァ……。あのさ、緋遊。追う必要ない。追うな。わけは後で説明するからさ」
「わかった。……大丈夫か?」
 言いつつ、緋遊は息苦しそうな静瑠の背中を擦ってやった。

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あきゅろす。
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