7.決戦(4) 徐々に昇り始める日を見ることもなく、千眞は事務所に向かって大型のバイクを走らせていた。その荷台には、絢佳が乗っている。 千眞にしがみつきながら、絢佳は周囲の様子に気を配る。人通りの少ない道を選んで走っているせいもあるが、妙に街が閑散として見えた。 生き物の気配は確かにするのだが、随分と少ない。何より、空気が違うような気がする。 歪んでいる。禍々しい程イビツに歪んでいる。 「龍宮院っ!!」 絢佳はバイクのエンジン音に負けないように声を張り上げた。 絶対に不自然だ。そして、この違和感を見逃してはならないような気がした。 しかし千眞は答えず、かわりに急ブレーキをかけて停車した。後輪が滑る。絢佳はうっかり投げ出されないように、千眞の引き締まった腰に回す腕に力を籠める。 「悪ィ……」 ヘルメット越しのくぐもった声が言うが、その意識の半分は別の箇所に向けられているようだった。 「龍宮院? どしたの?」 絢佳は千眞の視線の先を見遣り、それが愚問だったと知る。 景色が――――歪んでいた。否。それは最早、『捩れている』といった感じだった。 「『見得』る?」 ひょいとバイクから降りて、絢佳は目の前の光景を見据えたまま尋ねる。 「あぁ。だけどこりゃあ……原形を止めちゃいねぇ。数列の意味が無意味になってら。これ以上は進めねぇな」 あっさりと結論を導き出し、千眞もバイクから降りると、サイドスタンドを立てた。ヘルメットは脱いでシートの下へ仕舞う。 「どうする?」 「どうもこうも、どうにかするしかないっしょ。こんなとこで引き下がるわけないよ。“チーム”なんだから、さ」 ヘルメットを千眞に渡しつつ、絢佳は不敵に笑う。 「まずは――――実力行使っ」 景色が歪んでいる境界に触れた彼女の手が、青白い火花を散らす何かに弾かれる。 「ッ――!! いってぇ……」 弾かれた左手を擦りつつ、目の前を睨み付けた。 「無駄だ」 「ん?」 背後からした声に、絢佳は首を傾げつつ振り向く。 「千眞、貴様は解っているのだろう? この歪みの意味を」 「さて、そりゃどうかね?」 おどける千眞のすぐ横を通り抜け、病儺は歪んだ景色の手前に立つ。 「貴様にこのロジックが解けない筈がない。しかし、解いただけでは意味がないのも理解しているのだろう? ここから先は――――全ての『有』が支配されると解っているのだからな。貴様とて例外ではなく、あの男の支配の標的となるだろう」 病儺は千眞を見ることもなく一気に言いきった。 「つまり、病儺なら、対抗できるんっしょ?」 口を挟んだのは絢佳だ。 「こんなことやらかしてくれてるキチガイ野郎のとこまで、行けるんだよね?」 「可能だが、それはリーダーとしての命令か?」 「勿論、“チーム”のリーダーとして病儺に命じてる」 「いいだろう。ついてくるがいい」 病儺は淡々と答えて、いつの間にか手にしていた洋刀で歪みを斬る。 歪んでいた景色が『無』くなり、道が開けた。しかしそれも、徐々に閉じようとする。 「来るがいい」 短く告げて、病儺は自ら斬り開いたその中へと踏み込む。 絢佳も千眞も躊躇いなく彼の後に続いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |