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パラレル





 俺は生まれた時から各地を転々としていた。大人になり、組織に属すようになると、頼まれれば国境を越えた。
 両親なんて、初めてからいない。家族の暖かさなんて大嫌いで、夜は愛人達とベッドで過ごした。
 幸せか、と聞かれたらYesと答えたかはわからない。だが自分なりに満たされていたし、欲しいものなど全て揃っていた。それゆえ退屈だった。



 頼まれ潜り込んだ小さな島国の株式会社。その営業で参加した金持ちだらけの立食パーティー。
 紹介された取引先の社長令嬢。
 色素が薄くて色白、やたらでかい目。人形みてぇと第一印象で思ったが、喜怒哀楽を隠せないらしい表情は人形などではなかった。
 イタリアの血が少し入っているらしく、いつか行きたいと笑った。
 話題作りの為に「イタリアに住んでいた事がありますよ」と言えば、後日、イタリア語を教えてくれと頼まれた。
 俺が25、ツナは18だった。


 とりあえず引き受けた語学講師だが、俺は仕事で忙しかった。
 生徒であるツナといる時間は限られていて、週に一度、会うか会わないか。会えても二時間以上一緒にいたことは稀で、会社の呼び出しで中止することもあった。

 不思議だった。
 抱かなくとも愛着を覚えられる女は、ツナ一人だった。

 好都合な事に、ツナは馬鹿だった。覚えの悪い彼女相手のイタリア語講義は進みが遅く、二年かけて、やっと日常会話を習得させられた。
 この調子だと、イタリア語を完璧に覚えられるまで何年かかるんだ、なんて半ば本気で茶化していた。

 満ち足りていた、幸せな時間だった。



「リボーン?」

 目の前にいるツナは、初めて会った時よりも髪がのびている。くせっ毛は濡れているために光っていて、首や頬にいくらか張り付いていた。

「ねぇ、リボーン…?」

 縋るようなツナの声は、静かな室内に響いた。小さな指が、俺のスーツの裾を恐る恐る掴んだ。
 俺は、ふっと力を抜く。
 限界だったのかもしれない。

「ああ、お前の言う通りだ」

 大きな琥珀色の瞳が悲しげに揺れた。裾が先程より強く掴まれる。

「俺は、お前と最後まで逃げるつもりはなかった」

 そして、その瞳からまた、美しい涙が零れた。

「なん、で…りぼ…っ」

 縋るツナの姿が見たくなくて、俺は少し目を閉じた。
 大丈夫だ。堪えられる。今の俺には守るべきものがあるのだから。
 そして、あらためてツナを見つめ直す。

「…お前みたいな小心者は、俺と駆け落ちしたところで、残した奴らに謝って生きていくんだろうし、第一、てめぇは社員を見捨てられねぇ。」

「だけどっ…でも…!」

「俺はお前と居られて、楽しかった。嘘じゃねぇ。お前と生きたいとも思った」

 柔らかな頬をなるべく優しく撫でる。ほら、こんなにも愛しい。俺はお前の幸せの為なら、なんだってするんだ。

「…だが、お前は家族に背いた生き方なんて、出来ねぇ奴なんだよ」

 そして俺はお前を幸せには出来ない男だから。
 触れた体から想いが伝わればいいのに、と恥ずかしい事を考えながらツナから離れる。

 俺はテーブルから、ツナの携帯電話を持ってきた。

「まだ、引き返せるんだ。お前は今日、京子んちに泊まっていることにしている。家光からの了承をもらった」

 ほら、とさっき返信がきたメールをみせる。
 内容は《あんまりハメをはずさないように!帰りを待ってます。パパより》
 ツナは読み終わると、ゆるゆると俺と携帯電話を交互に見た。そして一瞬顔を歪めて、携帯電話を畳みにたたき付けた。
 そして、挑むような俺を見つめる。

 ツナの後ろにある旅館の窓から、ちらちらと雪が舞い始めるのが見えた。
 薄暗い室内に光る、ツナの瞳と雪。
 金茶と純白。
 それは例えようもないほどに、美しく妖しい光景だった。

「……リボー、ン」
「なんだ」
「私は、帰るの?」

 それは全てを悟った声だった。意外と、その台詞に衝撃を受けたのは俺の方だったかもしれない。

「ああ、お前は、帰るんだ」

 ツナは、しばらく疼くまって泣いていた。俺は少し遠くなったその背中を見つめる。


 ツナと縁談の話が出ている雲雀グループは、現在の経済不振の時代の中でも安定を保っている名門企業だ。
 跡取りとは面識があるが、悪い奴ではないと思う。
 見初められての政略結婚は、ツナの未来に幸福を授けるはずだ。


「リボーン……」

 ツナは、こちらに背を向けながら呟いた。

「それなら、思い出を…ちょうだい…?」

 今までで一番、必死な響きを持った言葉だった。

「ツナ……」
「幸せになるから、もう、泣かないから、ねぇ、」

 「抱いて」と、ツナが小さく呟いた。
 俺は堪えきれずに、細い彼女の体を強く抱きしめた。
 彼女を全身で感じながら、俺は初めて泣いた。
 そのうちツナもまた泣き出して、俺の涙に合わさり、どちらが流したものなのかさえ、わからない程に互いの頬を濡らした。

 感覚が研ぎ澄まされて、もはや、今触れているのがどちらの肌なのかも考えられない程に。



 そして、寝静まったツナに最期のキスをして、俺はパスポートを入れた簡単な荷物を持って宿を出る。
 すこし悩んだが、ツナにはメモを残しておいた。イタリア語で書いたので、あいつは意味を解読するまで何日かかるだろうか。
 メモと辞書を片手に唸っている彼女の姿が簡単に想像できて、思わず笑ってしまった。
 手にはまだ、ツナの温もりがあった。


 雪が舞い狂ったように降る、朝。俺は愛しい純白の華と別れ、歩きだした。
 どさり、と、雪の落ちる音だけが響いていた。




 

かなり前に書いて、長編にあった上下を加筆しました。





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あきゅろす。
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