駅に近いのが売りらしい旅館は、予想よりも立派な造りをしていた。
俺は、フロント係の「ご夫婦ですね」という確認に、いちいち赤くなるツナに笑いを堪えるので精一杯だったが。
「リボーン!!リボーン!!」
「なんだよ」
一応予約はしてあったから、この旅館の中でも一番いい部屋に泊まれた。半ば離れのようになっている此処が、ツナはいたく気に入ったらしく、さっきから部屋の方々を見てははしゃいでいる。
「露天風呂ついてる!!」
さすが離れ。元々高層ビルもない土地だからか、小さいながらも露天風呂がついていた。
「お前なぁ、深夜だぞ。今。」
「だって、旅館に泊まるのなんて、初めてだから。」
「ああ、お前んち、別荘派だからな」
箱入り娘の初めての冒険か、とリボーンはぼんやり考えた。
そんな事は露知らず、ツナは嬉しそうに答えた。
「うん。だからすごく楽しい!」
「一緒に入るか?」
「ヤダ!!」
そう言いながらも、ツナはいそいそと露天風呂に向かった。ついて行こうかと思ったが、止めた。俺には確かめる事と、やるべき事がある。
俺は、ツナの手荷物を探り、携帯電話を取り出した。
ツナがなかなか風呂から帰って来ないと思ったら、案の定、湯の中でくたっとのぼせていた。
少し窓を開けて換気をしながらツナを布団に寝かせる。
「阿呆」
「なにさ、スケベ」
「ほう、そうかよ」
ニヤリと笑いながらそう言えば、ツナは居心地悪そうに視線をさ迷わせる。
「……うー…ごめんね、はしゃぎ過ぎた。」
ぽつりと、ツナが呟いた。
寝かせた布団の中で、ぎゅっと掛け布団を掴んでいた。
「あとね、お風呂から、上がりたくなかった」
ツナがくしゃりと、顔を歪めた。まるで、迷子になったような顔。
そういえば、縁談が決まった時も一人、同じような顔をしていたな。
「……そんなに風呂、好きか?」
「違うよ!いや、好きたげど…」
ツナは腕で自分の顔を覆った。泣いているのかもしれない。だが、俺は黙ってツナの言葉を待った。
「怒っていいよ…部屋に戻ったら、ね……リボーンがいない気がして…」
絞り出されたツナの声は、篭っていて聞き取り難い。
しかし、心のどこかでツナの言葉を予想していた自分がいた。罪悪感かもしれない感情が、これ以上聞きたくないとも言っていた。
「私を置いて、リボーン一人で消えていそうで……怖かった」
「……ツナ」
腕を下ろして、俺をまっすぐ見つめるツナは、泣いてなどいなかった。ただ涙を瞳一杯に溜めて、俺の一挙一動を見逃すまいとするように瞬きもしない。
「でも、間違ってなよね?…リボーン、私の事、最期まで連れ去る気、なかったでしょ」
「………」
俺は答える代わりに、ツナの手をとって口づけた。空気が触れた程度のソレは、掴んでいた手の方が強い感触を残した。
一連の動作を見届けて、ツナがゆっくりと瞬きをする。大きな瞳から涙が一筋零れた。
綺麗だな、なんてぼんやり思いながら俺は切なくなって笑った。