ありきたりな台詞です。
『その夜、世界は彼女と自分の二人だけだった』
そんな陳腐な台詞、たぶん私しか思っていないのだろうけど。
そしてもう、そんな夜なんて二度と来ないのに。
どちらかが言い出したのか、お互いの胸を触りたいだなんて。夜の薄暗がりに、二人で寝るベッド。興奮からなのか、おかしな事だと思いながらも、私はそれを受け入れていた。
「……触っても、い?」
「…ん」
少ししてから、きぬ擦れの音がした。さら、というむず痒い音が薄暗がりの部屋に重々しく響いた。
私は少し体を傾けて、彼女を幻滅させないように胸を寄せた。まあ、そんなことしなくても、自分の胸囲が平均を上回る事くらいわかってるんだけど。
「……」
程なくして、ペタリと柔らかい手の平が胸を掴んだ。手を握った事すらないから、彼女のその指をやけに意識してしまう。
自分の胸を見下ろすと、薄暗がりに彼女の手が私の胸の膨らみを恐る恐る揉んでいるという、イマイチ現実味が沸かない情景がある。
「ふぁわ……」
その呟きにはどんな意味があるのか。やはり、つまらないのか。それとも、おかしな状況に後悔しだしたのか。
私より下にあるツナの顔。大きな瞳は夢見るように輝いて、睫毛が影を落としていた。可愛い。今だけは、私だけの。
どうしたらいいんだろう。どうしたら、どうしたら。彼女の興味をもっと自分に持ってこれるのか。
「……やっぱり、そんなに変わらないと、思うけど、」
会話を続けたくて出した台詞は、胸に違和感があるせいか息を詰めなくてはならなかった。吐き出した息がかからないよう、少し上をむく。
戸惑うように置く程度だった手は、大きさを確かめるように動いていた。気持ちいい訳ではないが、緊張してしまう。強いて言うなら、居心地がひたすら悪い。
「いやいやいや、リボーンは私のバスト甘く見てる……!」
ほんとに小さいんだよ、私。と暗闇でも表情がなんとなく解る声色で囁かれた。きっと今、眉をギュッと寄せ、いかにも不服そうに口を尖らせているのだろう。細部は見えないが、彼女は怒る時、たいていそんな顔をする。
「ほら、お返しにどうぞ」
いったん胸から彼女の手が離れたと思ったら、次に私の左手が握られ、彼女の胸元に押し付けられた。
「、うわぁ〜…ちょっと、…もはや筋肉じゃない?」
嘘だった。彼女の胸は十分柔らかかった。胸を掴むとか揉むという以前に、撫でるくらいしかないのだが。だから、胸がというより、彼女の身体がどんなに柔らかく出来ているのか想像してしまう。自分とは違う、お菓子とか甘いもので出来た女の子。
(あ、でも、今、私触ってるんだ)
いたたまれなくなって、私はそっと手を外した。手には不思議な温もりが残ったが、すぐに消えた。
「でしょ。だから、羨ましいなぁ」
「……」
再び彼女の手が私の胸に触れた。小さい手。
私よりも背が小さいツナは、私と比べられないくらい不器用で要領が悪い。
美人ではない。でも素直だし可愛い。今は恋の話をするだけで顔を真っ赤にさせるが、でも、彼女だっていつかは『その時』が来るのだ。私が先程触れた胸に、彼女の恋人が触れる時が。
「ねぇ、生で触りたい……だめ?」
私みたいな好奇心の対象としてではない相手と、彼女が肌を触れ合わせる時が。
「…いいよ。でも今日だけ。…特別だよ」
(あなただけだよ)
−−流されてる。
後で絶対に後悔する。二人とも。彼女は後悔のあまり、もしかしたら明日から口を聞いてくれないかもしれない。
でも、とまれない。ボタンを外すのが堪らなく恥ずかしいけれど、彼女の興味を損なうのが今は一番嫌だ。