教室の扉が勢いよく開けられたのは、その後の4時間目の国語の授業中だった。
後ろの方の出入口だった為、クラス中が振り返る。瞬間、クラスに浮き立った空気が流れる。
ツナもそう感じた一人だった。
「…遅刻しました」
リボーンは悪びれもなく壇上にいる教師に告げて、席にあるチョコレートの山に眉をひそめる。今日はその表情まで何か特別なものに見えてしまう。
「……」
やがてチョコレートを退けるのが面倒だと判断したのか、鞄を机の側面についているホックに掛けるとそのまま何も告げずに教室から出て行った。
感嘆のような、嫉妬への諦めのような溜め息がクラスに響く。リボーンの姿が完全に見えなくなると、女子の隠しきれていない話し声が教室に充満する。
「やっぱ来たんならあげたいよね」
「でも貰ってくれなくない?」
「てか席にチョコ勝手に置いとくってキモ〜」
「リボーン君メーワクそうだったよね」
ツナは頬杖をつきながら隣の席を眺めた。
所狭しと置かれたチョコレート、ホワイトチョコレート、トリュフ、生チョコレート。彩り豊かなラッピングの箱の中に、飾りのない机の主の鞄。
その中に、俺のチョコレートが仲間入りするのだろうか。実感がわかない。
色めき立つクラスとは逆に、ツナの気分はどんどん沈んでいっていった。
昼休み突入のチャイムが鳴ると、ツナは起立礼もそこそこに、勢いよく自分の鞄を抱いてクラスを出た。向かうは、多少の融通がきく保健室だ。
バレンタインデーはどこも先客がいるが、さすがに保健室でチョコレートを渡す生徒はいない筈だ。養護教諭が空気になりつつあるそこならば、仕切をしけば存分に作業に集中出来る。
「失礼しまーす…」
だがどんな日でも先客はいるもので、三つあるベットの内一つはカーテンで仕切られていた。寝ているだろうが、チョコレートの匂いがばれないよう、ベットを一つ挟んで廊下側のベットのカーテンをひく。
「よし…」
弁当包みをシーツに敷いて、保健室に最大限配慮する。床ですればいいのだが、埃が気になるのとスペースの完結上難しい。
敷いた包みの上に、朝に母さんから貰ったプレゼントを置き、そのかわいらしい箱を開ける。
中身はクッキーだった。バターなのか香ばしい薫りがする。
「いただきます…」
小さくそう呟いて一枚を口に含むと、薫りを裏切らない上品であっさりとした甘みが広がる。買った物ならば高かっただろうし、手づくりならば母さんには頭が上がらない。
もともと空腹だった事もあり、あっという間に箱を空にしてしまった。
(あ、獄寺君と山本にも分ければよかったかも…)
もはやカスしか残っていないソレを見て気付いたが、あげたらそれはそれで面倒な事になりそうなので「まぁ、いいや」と自己完結した。