目が醒めると、目覚まし時計が枕元でけたたましい音をたてていた。どうやら緊張したせいで熟睡したらしい。起きた今も、どこかまどろみの中にいる。
「ん〜…ぁ〜」
無理矢理目を開けて見るれば、いつも(遅刻していない時)よりは遅いが、頑張れば学校に間に合う時間だ。
瞼を擦りながら起き上がると身体に触れた空気の冷たさに身震いする。
二度寝したいなと思ったけど、さすがにそんな時間はない。
思い切ってベットから出て、手短に身支度を済ませる。台所に行けば多少は温かいだろうから、なるべく早く辿り着きたい。
着ていたパジャマを脱いだ瞬間、甘い匂いが鼻を掠めた。
「……あ、あ!!チョコ!」
完全に忘れてた!
焦りながら時間を確認して、苦い想いが込み上げてくる。
今のこの時間では、チョコを切ってココアパウダーをまぶしラッピングをする、なんて作業をしては学校に間に合わない。
頭が一瞬で冷めて、それと同時にパニックになる。
どうしよう。
中途半端だけど何かを省いて無理矢理完成させようか。
それともコンビニによってチョコを買ってそれを代わりにあげようか。
いっそ、あげるのを諦めようか。だって、ダメツナがチョコだなんて似合わない。
どうすれば一番いいんだろう。
「……考えても仕方ない!」
とりあえず冷蔵庫のチョコの様子を見よう。
ツナは身支度もそこそこに、急いで階段を駆け降りた。途中で少しこけそうになった。
リビングに着くと、奈々がエプロン姿でトーストを片手に持って待ち構えていた。ニコニコと柔和な笑みを見て、ツナは少し安心した。
「あら、ツッ君おはよう」
「おはよう、母さん!…ちょっとどいてね」
奈々を軽く押しのけて冷蔵庫を開ければ、昨晩のチョコがきちんと置いてあった。移動する訳はないのだが、やはり心配だったのだ。
急いでそれを取り出し、トレイごとまな板にのせる。
なるべく慎重に切っているのだが、チョコが柔らかいため、すぐに他のチョコとくっついてしまう。
「…切ったらすぐ、ココアパウダーを塗した方がいいわよ〜」
「あ、そっか!」
奈々の控えめなアドバイスに納得していると、まな板の隣にコトリと小皿が置かれた。その中にはココアパウダーがたっぷりのっている。
「……ありがとう」
「いえいえ」
どうにか半分ほど切り終え、壁の時計を見ればそろそろ家を出なくてはいけない時間だった。
量的には、口惜しいが作った半分でもしょうがないとして、ラッピングはどうしようか。まさかタッパーに入れる訳にはいかない。
こんな事ならば、恥を棄ててバレンタインチョコの作り方の本でも買うべきだった。
うなだれているツナに、またしても奈々が助け船を出した。
「ツッ君、ハイ、これ」
「…へ?」
振り向いたツナに渡されたのは、かわいらしいラッピングの箱。白い包装紙に幾重にも巻き付いた赤いリボンは、まさに女の子!って感じだ。
「お母さんからツッ君にバレンタイン」
「…母さん、今は…」
悪いけどそんな場合じゃない、と言おうとしたツナに、奈々は芝居がかった様子で「チッチッ」と一差し指を振った。
「これ、リボンを解かずに開けられるから、中身だけ入れ替えればいいのよ」
「…あ、そっか!」
今日ほど母に感謝した日は珍しい。気遣いに涙ぐみながらも、その包みを受けとると、先程切ったチョコをアルミホイルに包んで一瞬に鞄に押し込んだ。
いつ作ったのかはわからないが、奈々から渡されたサンドイッチを頬張りながらツナは全速力で家を出た。
(…ていうか母さん、バレンタインデーに息子がチョコ作ってるって疑問に思わないのかな)
それは深く考えないようにしよう。