その日、魔界は静まり返っていた。
いつもは騒がしい木々が葉を一枚も揺らさず、囀る鳥達は枝にとまり空を仰いでいた。
街は人で埋めつくされ、そこに集まった者達はただ祈るように、丘に建つ城壁の向こうを見つめていた。
子供も、老人も、浮浪者だろうと貴族だろうと。
何百という時を生きてきた彼等は、ただ彼らが信じる神に祈る事しか出来ず、もどかしさと悲しみが流れた。
ある者は涙を流し、それを周りが「縁起でもない」と宥めた。
またある者は歌を歌おうとした。だがその美声はいつしか鳴咽にかわった。
彼らの中には予知能力に恵まれた者もいる。この時の未来を望まずして知ることが出来る者が。
だが、誰もその者に答えを聞こうとせず、また、誰にも教えようとしなかった。
人々は感じ取っていた。悲しい時の運命を。
ただ、どうする事も出来ず祈るのだ。
后妃の寿命が、もうすぐ途絶える。
「……リボ…」
「馬鹿っしゃべんな!」
「…リボーン…」
泣いてるの……?と彼女は震える手でリボーンの頬に触れた。その頬の冷たさにツナは困ったように笑った。
「…なんで、お前は笑ってるんだ…?」
「?…なんで、」
ツナは虚ろになりそうな意識を必死に集中させながら呟いた。
その琥珀の瞳で、彼女が横たわっている寝台の周りを見渡す。
親衛隊隊長のコロネロ、副隊長の山本。王佐の獄寺、枢機卿の雲雀、骸。隣国の皇太子であるザンザス。
みんなに心配かけてるなぁ。
コロネロ、泣きそうな顔しないで。山本も、俯かないで。
獄寺君、そんな絶望したような顔、やめてって言ったのに。
雲雀さん、忙しいのにごめんなさい。骸、ねぇ、こっち見てよ。
ザンザスは、いつもながら怖い顔してるなぁ。
ああ、そうだ。
「…皆に、笑って欲しい、からっ。だから、私、笑うの」
ね、だから泣かないで。
笑って、リボーン。
「ツナ、ごめん。ごめんな……」
「…リボーン…」
泣かないでって、言ってるのに。
貴方は優しい魔王様だね。
「ごめん。お前が、この世界の空気に耐えられないと、知ってたのに……お前は、寿命すら生きられねぇ」
私は、確かに魔族じゃないよ。
それどころか、私は貴方達が大嫌いな人間。
でも、私が人間でもリボーンは平気だと言ってくれた。
愛して、くれた。
周囲の反対を押し切って、私をお嫁さんにしてくれた。
この左手に輝く指輪が、私は嬉しくて堪らなかったんだよ。ね、信じて。
「お前は、十年も生きてねぇ……」
「リボーン、私、幸せなんだよ…?」
確かに、この世界の空気は私の体をじわじわと蝕んだけれど。
だけど私はこの世界が大好きだった。みずみずしい自然、澄み渡る空、優しい人々、穏やかでいて均等のとれた動物達。
美しい世界から拒絶された代償が、私が愛している者達が、私を毒したとしても嫌いになんてなれない。
リボーンと出会ったのが十四歳の時。そう、あれから十年経ったんだ。
「…リボーン、ごめん、ね。赤ちゃん…抱かせて、あげられ、なかった……」
私の手を掴んでいたリボーンの力が一層強くなった。痛いよ。そんな事しなくても、私はどこにも行かないのに。
「バカツナ……」
私の寿命と貴方達の寿命は、違う。
私の時間と貴方達の時間は、違う。
私の能力と貴方達の能力は、違う。
私の生きられる時間は、リボーン達にとって永久の中の一瞬にしかならなくて。
だから、私の事を忘れないように、リボーンが淋しくならないように、優しい国民に報いるために。
「赤ちゃん、抱かせたかった……」
ごめんね、それだけが心残り。
ああ、リボーン。
貴方は出会った時から何一つ変わってないね。
私は少し大人になったけれど、でも、見た目だけはこんな時でも変わってないでしょう?だって、魔界の毒は私を内側から壊したのだから。だから、私は容姿だけはリボーンが愛してくれた時のまま。
「ツナ、……俺と出会わなければ、お前はもっと生きられた……」
「…そんな事、言わないで…」
「……ずっと好きだった。お前が俺に会う前から、ずっとずっと。時々人間界にも下りて、ツナを見てた」
ああ、覚えてるよ。
リボーンと初めて会った時の事。「お前、なんでヘラヘラ笑ってんだ」っていうのが第一声だったよね。私、「あなたには関係ありません」って言った。リボーン、ぽかんとした後に笑ったよね。
「ありがと、愛してくれて」
私はこんなにも壊れやすいのに。貴方は溢れんばかりの愛をくれた。私が、いつかはこうなると知っていたのに、たくさんの愛情を、想い出を。
「ありがとう」
だから、泣かないで。
私を今でも愛してくれるのならば、笑って。私は幸せだから。
「コロネロ……」
「……なんだ、コラ」
ああ、だから泣かないで。皆悲しまないで。
いつもの元気を見せてよ。
「リボーンの事、お願いします」
「…つなっ!俺は、……俺はっ!」
コロネロはそれきり俯いてしまった。山本が口元を押さえて、涙を堪えている。
「山本も、コロネロと一緒に、この国を護って、ね」
「……わかってる」
私はその隣に視線を移し、示し合わせたかのように無表情な二人に笑った。なんだかんだで、とてもよく似ている。
「雲雀さん、骸。…喧嘩もほどほどに。どうか元気で」
「なに、縁起でもない事を…言ってるのさ」
「…そうですよ。縁起でもないです。喧嘩なら貴方が止めてくれたらいいじゃないですか」
悔しそうに顔を歪めて、呟くように返された言葉はやっぱり二人らしい。
「獄寺君……」
「……はいっ!!」
私に呼ばれるとピンと背筋を伸ばした彼に苦笑する。ああ、やっぱり君は泣いてるね。
「この国を、よろしくね……」
「っはい!!」
うん。いい返事だ。
「ザンザスも、無理しないで」
「……ちっ…」
ああ、意識がだんだん遠退く。握られた手から伝わるリボーンの温もりが離れていっちゃう。
「リボっ……」
「ツナっ!ツナ!!」
ああ、やっぱり最期まで笑ってくれなかったね。
じゃあ、代わりに私が笑ってさよならします。
「ありがと。愛してる」
「……ツナ」
魔に愛された人間の花嫁の魂が、多くの涙を連れて旅立った。
その後、魔王は再婚しようとせず、見取った者達は誰一人伴侶を持たず、時おり空を見上げたそうだ。
愛しい人よ、
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突発的に書いた魔王の花嫁パラレル。ただたんに、リボーンに後悔させたかっただけ。←