彼女がどれほど彼を見ていたか、なんて、そんなの気付いていた。
一年と三ヶ月。
彼女が彼を追いかけていた時間。
そして5分前、彼女が俯きながらコロネロを呼び止めた時、「ああ、とうとう告白するのか」とぼんやり思った。
「いいのかよ、コロネロ行かせて」
「リボーン……」
下足箱横にある小ホール内の椅子に腰掛けて空を見ていると、いつの間にかクラスメートのリボーンが後ろに立っていた。
コロネロとリボーンが幼なじみで、そこに高校でコロネロと仲良くなった俺が加わった。彼らに初めて会ったのが高校一年生の春、そして今は二年生の夏。
「……いいも何も、さ……」
俺はどう言えばいいのか分からず、いつもの癖で諦めたような苦笑をした。
少し下がった視線の前にズイッと缶ジュースが差し出された。水滴でキラキラ光る表面には『さわやか!オレンジジュース』と書かれている。
「……え?くれんの?」
「フンッ、脱水症状になられて面倒看たくないからな」
お前、汗だくだぞ。と冷えた缶ジュースを俺のべたついた頬にペタリとくっつけた。
「ふぁ!冷た〜……」
「ほら、俺の奢りだぞ」
リボーンが俺を気遣うなんて本当に珍しい事なので、素直にありがとうと言ってジュースを受け取った。フタを開け、一気にオレンジジュースを煽った。
「お〜、生き返るな〜……」
喉から流れるオレンジの甘味が俺の体の疲れを和らげた。
ふっとリボーンを見ればこちらを安心したように見つめていた。
(……こいつ汗かかないのかな……)
「……いる?さわやかオレンジ」
「いや、俺、甘いのダメだから」
そっか、と俺は呟いてまた窓に視線を移した。青々とした、憎らしいくら青々とした空が窓一杯に広がっている。まるで空に飲み込まれているみたいだ。
「で、いいのかよ。コロネロの事」
「……またその話?」
「まあ、そう言うなよ。ダメツナ」
俺は依然窓越しの空を見ながらリボーンの声を聞く。手に持った缶はだんだん温くなっていた。べたついく汗の代わりに、大量の行き場のない水滴が手に滴っていた。
「ツナ、あいつ好きだったろ」
「別に……」
(あ、失敗した……)
俺はそう思いながら空に囚われたように見ていた。ガラス越しのリボーンの無表情な顔は見ないようにして。
「やっぱり好きだったのか」
「っ!好きだよ、普通だろ友達なんだから!!」
友達だからコロネロを好きな女の子に誰より早く気付いた。
でも友達だから何もしなかった。コロネロにその子を教えようとも、その子の相談にものろうとしなかった。
ジリジリと太陽が学校を熱で包む。生徒の減った校内に、県大会が近いサッカー部の掛け声が響く。遠くでそれを聞きながら、俺とリボーンは黙り込んだ。
「……友達なんだから、普通だよ」
俺の弱々しい呟きは、予想通り情けなく響いた。
堪えられなくなって、オレンジジュースを飲む。少し温くなっていて、しつこいくらいに甘かった。
窓越しの空は青々としていて、まるでコロネロみたいだと思う。澄み渡る青は、彼の率直さに似ている。
俺はいつも、そんな空色を窓越しで見ていた。
だって、仕切られた境界線は、俺が傷つかないためのケージだ。ここから出なければ俺はコロネロの『友達』。
空を映す窓は、時として思い出したようにリボーンを写した。俺の後ろ姿を見つめるリボーンの表情に、俺は窓越しだからこそ気付いた。
俺は水滴で濡れた手をベタリと窓にくっつけた。そして離せば俺の手形に窓が濡れた。手からガラス窓へと移った水はゆっくりと下に流れ出す。
その部分でだけ、青が潤んで揺れていた。
「空、綺麗だな……」
俺の呟きに、リボーンは窓越しに淋しそうに笑っていた。
窓越しの恋
ジリジリとジリジリと、俺達は空の帰りを待っていた。
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ん?あれ、
終わり方おかしくね?←