ひやり、とした気配がして閉じていた目を開けて振り返れば、リボーンが立っていた。冷気は開けられたドアから流れたらしい。暗闇を背にリボーンは黒い瞳で俺をジトリと見ていた。
いつになく表情が読めない。頑なに無表情を崩さないその顔は整いすぎていて怖かい。
着けていたヘッドフォンを外して綱吉は何とか作り笑いをした。
「…何?」
だがリボーンはその問いにすぐには答えずに、床にペタリと座っていた綱吉の全身を凝視していた。食わんばかりの強い眼差しに居心地が悪くなり姿勢を正す。
床に置いたヘッドフォンから洩れる最近流行っている軽快な邦楽が急に恥ずかしくなって綱吉は慌てて音楽を止めた。
静まり返る室内は、そこにいるリボーンの気配すら感じさせないほど重苦しい。
「どうしたの?なんか変だよ…?」
戸惑いを隠さない綱吉を依然見つめながらリボーンは表情を変えずに、呟くように声を出した。
「…お前、今日京子んちに行っただろ」
「え…?ああ、うん」
だが発せられた言葉は綱吉の想定外のもので、意図すら掴めずに答えるしかできない。首を傾げながら、ドアの前に立つリボーンを見ると、彼の切れ長の目が細められ暗く濁った。
「……何した?」
「なに、って……別に、何も…」
してない、という言葉はドアを叩く音で掻き消された。叩く、なんてものではない。壊すように強く「バン!」という音を響かせた。
ビクリと身体を震わせた綱吉は、リボーンを見上げた。
あれだけ強い音がしたのだから、手だってそうとう負担がかかっただろう。だが、彼は顔色ひとつ変えずに冷ややかに綱吉を見るだけだった。
何だか、様子がおかしい。
理由はわからないが、リボーンは怒っているようだ。
「……もう一度聞く。何を、した?」
「…ぇ……あ…」
正直、いくらリボーンでも綱吉のプライバシーを侵害する権利はない。この事にこだわる訳も分からない。
リボーンが、分からない。でも、とてつもなく、恐い。
「ふ、普通にお菓子、食べて…」
「で?」
「…なんか、そういう雰囲気になって、……キス…」
綱吉は言葉を詰まらせた。いつの間にかリボーンが目の前に来ていたからだ。下げていた視界に、リボーンの足が目に入る。
恐ろしくて見上げられない。だが、彼は綱吉の衿を勢いよく掴むと、そのまま引きずった。
「ぐっ…!?ちょっ、何…!」
苦しさに掴む手を離そうとするけれど、アンティークのような繊細な指は強すぎてびくともしない。床と摩擦する足は熱いし、首元を引っ張られているため息が吸いにくい。そのまま綱吉はベットに投げ出された。強い衝撃が背中を打つ。
「うわっ!…」
開放された喉は突然入った空気に驚いて、咳込まずにはいられなかった。背中を丸めて落ち着こうとしていると、自分の上に影が出来ている事に気付いた。
リボーンなのは、考えなくなってわかる。
「……はぁ?キス?俺のモンが勝手に何やってんだよ」
「……ぇ…?」
リボーンは押し殺したようにそう言うと、口元を上げて、にぃっと笑った。いつもの皮肉をこめたような笑い方じゃない。相手が怖がるのを楽しむような顔だ。
「あ、そうか。ダメツナは雰囲気に流され易いからな。あの女に色目使われて舞い上がったんだろ?それとも、キス以上の事もさせられたのか?」
「…な、何…?なんだよそれ」
色目とか、そんなの京子ちゃんが使う筈ないじゃないか。確かに俺は雰囲気に流されるし、今回だって告白した訳じゃないけど、リボーンの言い方はあんまりだ。それじゃ、俺が京子ちゃんを好きなのも錯覚みたいじゃないか。
「錯覚だぞ?そんなの。」
リボーンが無慈悲に言う。読心術を使ったのか、当たり前のように。
「お前の恋なんて全部錯覚だ。幻想だ。友情だって、お前は何もわかってない。知ってたか?あの二人がお前をどういう目で見てるか」
あまりの言葉に聞いていたくなくて、俺は耳を塞ごうとしたが、リボーンによって阻まれた。行き場を失った手は頭上で一くくりされる。
「離せっ!お前、なんかおかしいよ!」
「…おかしい?おかしいのはツナの方だろ?」
恐い。
俺の頭の中はそれで一杯だった。リボーンが、まるで他人のようで。いや、他人どころか、何か別の、人間ですらないようで、ひたすら恐ろしかった。
「そうだ、おかしいのも愚かなのもツナの方だ。俺以上にお前を理解し、愛してる奴なんていないのに、何故他の奴に目移りする?俺以外の奴を視界に入れる?わかんねぇのか?地球上で一番お前に相応しいのが、俺なんだって事」
「…?!」
ぎりぎりと締め付けられる手首が痛い。骨すら軋んでいる気がする。
苦痛に顔を歪ませても、リボーンは手を離さず、どこか恍惚とした表情をして苦しむ綱吉を見下ろしていた。
「なぁ、お前には俺以外の人間なんて必要ないだろ?みーんな、ツナを裏切っていくんだから。あいつらなんて、お前の事をなんにも分かってねぇ。俺以上に、わかる訳ない」
「…何だよ、それっ!」
頭がおかしくなりそうだ。まるで催眠術でもかけられているかのように。先程から耳鳴りが止まないし、喉が異常に渇いている。目の焦点を、リボーンから外せない。
「みんな、全部嘘だ。お前の周りにいる奴らは、お前には必要ない。俺以外、お前の傍には誰もいなくていい。俺だけだろ?獄寺も山本も雲雀も、お前の事を裏切ってる。京子だってハルだってそうだ。お前は一人だ。さぁ、俺を選べ。お前一人だ。一人ぼっち。助けられるのは俺だけだろ?孤独、恐怖、焦燥、お前は嫌な筈だ。ほら、恐いだろ?痛いだろ?俺を求めろ。俺以外は捨てろ。さあ、さあ…!俺と絶望、どっちを選ぶ?」
何も考えられなくなってくる。
頭が、霧に包まれるように漠然としてくる。意識が薄れていく筈なのに、神経は敏感で、手首の痺れとリボーンの囁きが絶えず頭に響く。
「お前は孤独が嫌いだ。ダメツナ。選べ。俺を選べ。いらないだろ、あんな奴ら。お前を本当に理解してるのは、選べ、俺だけだ。ほら、俺を。クズはいらない。俺とお前を邪魔するやつなんて、これっぽっちも必要ない。俺以外の奴の存在理由なんていらない。お前は優しいから、付け込まれているだけ。俺はずっと傍にいた。絶望しかないぞ。これからも傍にいる。幸せになりたいだろう?お前はただ、俺の事を見ていればいい」
わかるよな?ツナ。
そこで俺の意識は完全になくなって、周りには暗闇しかなかった。
「だぁ〜い好きだぞ、ダメツナ」
憔悴して眠った綱吉の額に、リボーンは笑いながら口づけた。
「うわぁあ!!」
綱吉は勢いよく起き上がった。寝汚い彼にしては潔い目覚めだ。
ハアハアと寝ていたにも関わらず乱れていた呼吸を整える。秋で肌寒いというのに寝汗もかいていた。
「…夢、かぁ。…」
よかった〜、と言いながら綱吉はまたベットに潜り込む。気が抜けたせいでまた眠くなったらしい。
そういえば今何時だろう。まだ薄暗いけど。
ふとそう思ってベットサイドにある時計に腕を伸ばした。だが、綱吉の手は、それに触れる事なく止まった。
綱吉の細い手首に、青紫に鬱血した跡があった。
「さあ、答えは決まったか?ダメツナ」
そして暗闇からリボーンの囁きが聞こえてくる。
。
激しい執着独占欲飢餓感絶望狂気
それが、彼の愛の全て。
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ヤンデレ攻めが好き。