京子との仲、取り持ってやろうか。
気がついたら、ホントに気がついたらそんな言葉が出ていた。向かいに座る男の、男にしては小さくて赤い口を見ていたら何故かそう言っている自分がいた。
「……え…?」
ああ、そんなに驚いた顔をするなよ。いつもみたいなポーカーフェイスを、この麗らかなティータイムにも使用してくれ。
「何…、コロネロ、思春期…?」
「ちげぇぞ、コラ」
「じゃあどうしたの」
いきなり京子ちゃんの話して、と、今度はまるで子供を諭すように微笑んできた。あ、なんかその顔気にくわねぇぞコラ。
綱吉は持っていたティーカップをカチリと置いて、腕を伸ばして小さく唸った。つくづく、皮のソファーが似合わないボスだ。
「で?」
「…あ?」
「だから、どうしたの?突然俺の恋愛に口出すなんて」
「……」
コロネロらしくない。と笑ってもう一度彼はウーンと腕を伸ばした。
俺らしくない、確かにそうだ。むしろ、こんなまどろっこしい会話は俺の苦手なものだ。
遠回しな言い方も、出方を伺うような応答も全て気に入らない。何故なら本心が見えないからだ。小細工せずに、きっぱりと言えばいいというのが普段の俺だった。
本心。
この会話の俺の本心とは何だろう。
「あ、もしかしてコロネロ、京子ちゃんの事好きなの?」
「……違うぜ、コラ」
京子が好き?確かに一緒にいて気が休まる女だが、今聞かれている好きではない。
俺の本心。気持ち、目的、望み。
それは何だ。
「……じゃあ、どうしたの?」
「………」
わからない。
初めてだ。こんなに自分がわからなくなるなんて事。俺はいつも、やりたいようにやってきたというのに。
まるで手探りで暗闇を歩くような感覚だ。見えない事への不安と戸惑い、そして先に進んでいいのかという逡巡が混ざり合う。
「……わかんねぇ、」
「そっか」
カサリと紙が擦れる音に、思わず顔を上げると、綱吉がお茶受けに出されていた菓子の包装を破っていた。クッキーやら甘そうなチョコレート、コロネロの為に用意させたのであろうそれらは、完全に子供用だ。
綱吉が取ったのは小さいバウムクーヘンのようなケーキ型の物で、彼は一口サイズのそれをパクリと口に入れた。わざとらしくゆっくりと咀嚼しながら「コロネロもどう?」という仕種をした。
「……いや、いらねぇぜコラ」
甘い物は好きではない。疲労などに糖分がいいとは聞くが、後味まで甘ったるい菓子は食べなくても見ているだけで腹が重くなる。
何故、あんな事を言ったのかなんて、納得のいく考えは出なかった。
ただ、綱吉が喜ぶだろうかと考えて、ろくな考慮もせずに体が頭より先に働いた。ならば綱吉があの時、「ありがとう、じゃあお願いね」と返していたら、俺はどうしたのだろう。それも今の俺には想像できなかった。
「…あ、それでさ」
「……あ?」
「さっきの事だけど、」
綱吉はコテンと頭を傾けた。いくつになっても直らない童顔が、面白そうに俺を見ている。まるで観察されているみたいだ。
「お願いしようかな」
「……」
「京子ちゃんとの仲、取り持つの」
こんなことを言われたらどうなるだろう、と先程考えていた。
実際は、どうしたらいいかわからずに身体を強張らせるしか出来ない。こんなにも動揺したのは久しぶりだ。神経が研ぎ澄まされ、逆に思考は鈍っていき、取り繕う事が出来ない。顔も固まったのがわかったが、気を抜けばどんな表情になるのかも予測できず緩められない。
「……コロネロ?」
「なんだ、」
声をだそうにも、喉にも力が入っているから絞りだすのがやっとだった。溜め息すら出せない。
そんな俺を綱吉は食い入るように見ていて、一瞬、微笑んだ。
「嘘だよ」
「……は?」
「冗談だって。コロネロにそんな事頼まないよ」
言葉が上手く飲み込めなかったのは一瞬で、すぐに体の力が抜けて詰めていた息を小さく吐き出した。
そうした後に「何してんだ、俺」とまた自分らしくないと気付いて眉を寄せた。こんなに理由も分からず緊張するくらいなら、ジャングルでライオンと戦う方がいい。その時の緊張は緊張ではない、スリルだ。
「…馬鹿にすんな、コラ」
「馬鹿になんてしてないよ。今まで一度も、コロネロを馬鹿にしたことなんてない」
綱吉はそう言って両腕を足の上に乗せて指を組んだ。そのうえに顎を乗せて俺を上目使いで見つめる。にっこりと面白そうに笑いながら。
「動揺した…?」
「……なんでそんな事聞くんだ、コラ」
「気になるから」
黙り込むコロネロに畳み掛けるように綱吉が再び聞いた。「動揺してくれた?」と。
「……」
「しなかった?」
「……しなかった」
「…そっか」
ふーん、と呟いて綱吉は立ち上がった。お代わり貰ってくる、とティーポットを持ち上げる。部屋に必ず帰ってくる筈なのに後ろ姿をただ見ているのが堪らなく嫌だと突然思って無意識に声がでた。ああ、また無意識。俺らしくない。
「なんであんな事言ったんだコラ!!」
綱吉はこの態度を予想していたのか迷いなく振り返って、コロネロの顔を見つめた。何を考えているのか分からない琥珀の瞳の揺らめきに、コロネロは顎を少し引いて睨み返した。
「コロネロが好きだからだよ」
知らなかっただろ、と呟いて綱吉は部屋のドアを開いて廊下に消えた。バタン、と突き放されたような音が響いてもコロネロはしばらく動けなかった。
「……俺らしくねぇ」
何故こんなにも、あんな奴の一挙一動に自分は動揺するのだろうと、真っ赤になった顔を腕で隠しながら思った。
無謀な恋
まずは、感情に気付いて