白石君の本当の気持ち
あれからあっという間に1年が過ぎた。あれからの俺は胸にポッカリ空いていた気持ちの隙間を埋めるように必死に仕事に取り組んでいた。それが成果に繋がったのか26歳という若さでこの会社で前代未聞の課長補佐にまで上り詰めたのだった。
「すげーよなぁ、白石さん。あの若さでこの大手企業の課長補佐だぜ」
「この一年間の白石の仕事の打ち込みようは半端なかったからなー」
「なんか執念めいたものを感じましたよね」
「顔も整ってて仕事も出来て…勝ち組にも程があるわ」
自分の作業をやりながら白石の話で盛り上がる同僚達。白石の働きぶりは同僚達の目からみても納得せざるおえない程だ。
だが、何が起こるかわからないのが社会人の世界。当然いい事だけが続くわけもなくトラブルは突然やってくるのであった――――……
「え!?まだ届いてない!?…はい…はい…わかりました。謝罪も兼ねて今からそちらに伺います」
「ど、どうしたの?」
電話を切って項垂れている俺を見て佐々木さんが問いかけてくる
「あっかんわ…発注ミスやて…今から○○会社に謝罪に行ってくるわ…」
「待って!私も一緒に行くわ!!」
やらかした…そんな悔しさを抱えて先方の取引先に向かった。
――――――………
「今さら来られても困るよ!謝罪もいらないから帰ってくれ!!」
取引先に着いたら案の定相手側はカンカンで「帰れ」の一点張りだった。話を聞いてくれる様子も当然ながらまったくない。
「「本当にご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!」」
何度この言葉を口にしたことだろう。佐々木さんと2人で頭を下げても相手の機嫌が変わることはまったくなかった
「御宅はもう信用出来ない。契約も解消だ。だから関わることも今後一切ないだろう」
「これからはこういう事が二度と起こらないよう今まで以上に細心の注意を払って、」
「いい加減にしろ!帰れといっとるだろう」
あかんな…。全然聞く耳もたへん。だけどこっちかてこのまま帰るわけにはいかん。やけど、どうしたらコイツの機嫌がなおるっちゅーんや。隣で頭を下げてる佐々木さんも今の状況に頭を悩ませとるようやった。それほどまでに相手は手ごわい
「とにかく、」
―――コンコン
先方の話を遮るようにコンコンと応接間の外からノック音が聞こえた。
「どうそー!」
先方が返事をすると「失礼します」と女の声が聞こえたのと同時に扉が開いた。
中に入ってきた人物に目が大きく見開く
「どうしようも君!どうした?」
「はい。部長に頼まれていた書類の作成が終わったので報告にきました」
「あぁ、ありがとさん」
書類を手渡ししているない子から目が離せなくて見つめているとあっちも視線に気付いたのかこっちに顔を向けてきた。
「っつ!?」
目が合うとあっちも俺と同じように驚いた表情を浮かべた。だがそれは一瞬のことですぐにさっきまでの笑顔に戻る。
「○○会社の方ですよね?いつもお世話になっています」
「あ、こちらこそ…」
なんや…ただでさえテンパっとったんにさらに混乱してきたわ。なんでここにない子がおるん?頭はその疑問でいっぱいになった。
「あーいいのいいの!そちらの会社とはもう関係が切れてるんだから。これからお引取り頂くところさ」
「え?」
先方の言葉にこっちを一瞥するない子。そしてまた先方に視線を合わせた
「でも、○○会社様にはこの前うちの会社が立てた企画に協力体制を結んで頂いた恩恵がありますよね?」
「そ、それとこれとは別だ。いいから君も自分の仕事場に戻り、」
「あの企画は○○会社様の協力がなければ成功もなかったと思います!それぐらい○○会社様の意見は貴重で価値があるものです。それを一回のミスで手放してしまうなんてこれからの我が社の繁栄を考えると損をしてしまうのはこちらの方ではないでしょうか?」
「しかしだなー、」
「勿論ミスを軽く考えた上での発言ではありません。発注ミスの件も私が○○様に話しをつけておきましたので大事になることもなく片付きました」
「「え!?」」
どうしようもの言葉に一斉に声をあげる一同。
「そ、そうか。ありがとうどうしようもくん。……えー白石君に佐々木君だったかな?さっきは取り乱して悪かったね。今までと変わらず関係を続けよう。これからもよろしく頼むよ」
問題が片付いたことで機嫌が直ったのかさっきと手のひらを返したように笑顔を向ける先方。その変わりように白石は肩透かしを食らったが最悪な事態がまぬがれたことに安堵したようだった。
「こちらこそこれからもよろしくお願いします」
緊迫していた空間が穏やかになったところでどうしようもは小さく笑みを浮かべるとそのまま「失礼しました」と応接間を出て行った。
「ない子…」
ない子が出て行ってからもずっと余韻に浸るように白石は扉を見つめていた。
―――
「やー!助かっちゃったー!どうしようもさんだっけ?あの人がいなかったらあのまま本当に契約切られてたかもしれなかったからね」
「…せやな」
先方の会社からの帰り道。さっきまでの不安はあっという間に吹き飛び浮かれながら歩く佐々木。その反面隣を歩いてる白石は浮かない顔をしていた。そんな白石の様子が気になったのか佐々木は白石の顔をのぞきこむ
「白石君。問題が一段落した割にはあまり嬉しそうじゃないね?」
「そ、そんなことないで…!」
「ははーん」と頭上に電気マークが浮かんだように白石の浮かない表情の正体を察した佐々木。そして核心をつくように問いかけた
「白石君。どうしようもさんと何か関係があったでしょ!?…例えば昔付き合ってたとか」
「(ギクッ)な、なんやいきなり!てかなんでそんなことわかるん?」
「なんでって…そりゃ女の勘って奴?」
そういって微笑む佐々木さんに少し身震いした。女の勘あなどれんわ。てかない子もそうやったけどなんで女ってこんな鋭いねん。早く話せよって言わんばかりの佐々木さんの表情を見て観念したように口を開いた。
「1年前に付き合っとったん。でもそん時のあいつは働きもせず家で寝てばかりで…いつまで経っても変わらへんかったあいつに愛想が尽きて俺から別れを告げたんや」
それにぶっちゃげその頃は佐々木さんに惹かれとったし。今になったらそれは憧れやったって気付いたんやけど…
「そうだったんだ…。なんかさっきまでの印象とは程遠い人だったんだね」
「せや…やからさっき1年ぶりに会ったない子の姿見てびっくりしたわ」
「白石君の為に努力したんじゃない?」
「いや、違うやろ。変わったきっかけが俺やったとしても俺の為だけに努力したんやとしたらあいつの性格上就職決まった時点で連絡してきたはずや」
「ふーん…で、今のどうしようもさんを見て白石君はどう思ったの?」
「いや、どうって…」
いきなりの質問に言葉がつまる
「成長した今のどうしようもさんを見てどう思ったの?」
詰め寄るように問いかけてくる佐々木さんにタジタジする
「べ、別に…よかったなぐらいにしか思わへんわ。それに俺らはもう別れとるんやしあいつのことなんてもうどうでもええんねん」
「どうでもいい…ね。どうでもいいのにどうしてどうしようもに会ったあの後から浮かない顔してるの?それに白石君が狂ったように仕事に取り組み始めたのってちょうど1年前だったよね?つまりどうしようもさんと別れた時期。これだけ未練たらたらな証拠残してもまだどうでもいいなんて言い張るの!?」
佐々木さんのノンストップのしゃべりに圧倒されるが一瞬で切り替えて平常心を取り戻す
「別れを決めたのは俺や…。やから未練なんてまったくない」
俺の言葉に「ふぅー」っと一息をつくといきなり頬をひっぱ叩いてきた
「な、なにすんねん!」
「白石君の目を覚まさせるため。いい加減意地はるのやめなよ!もう今溜め込んでること全部吐き出しちゃいなさい」
とっくに佐々木さんには俺の心情が全て見透かされていたようだ。それに気付いたと同時にジンジンと痛む頬になにか吹っ切れた
「せや…な。今叩かれたことで目ガ覚めたわ。
この1年間ない子のこと忘れた日なんか一度もなかったわ。今まで一緒にいるのが当たり前やったない子がいないことに段々耐えられんようになってその気持ちを受けすように仕事に逃げて…ぶっちゃげ今でも好きや」
「うん」
「やけど、一時の感情で俺から別れを告げたのにも関わらず今さら戻ってこいなんて都合がよすぎるやろ。やから俺からはもうなにもできへん。」
「そっか…でも、そうやって自分の気持ちを抑えているの辛くない?」
「あいつの為になるならそれでええんや。それに今のあいつなら周りの男もほっとかんやろうし他の男と幸せになって、」
「もう一回殴られたいの?白石君」
笑顔でまた叩こうとしてくる佐々木さんに紡いでた言葉を引っ込めた
「好きっていうぐらい別にいいじゃない!それを邪魔する権利なんて誰にも、白石君にもないよ!」
その言葉にハッとする
「そ、そうなんやろうか…」
「そーなの!恋愛は気持ちを伝えてなんぼなんだから」
「さよか…おーきに佐々木さん!なんか吹っ切れたわ。急やけど今夜ない子に会いに行ってくるわ」
「うん!頑張って!」
夕日をバックにお互いに顔を向けて微笑み合った。
―――
あれから佐々木さんと別れた俺は駆け足である場所に向かいながら電話をかけた
「謙也!いきなりで悪いんやけど頼みたいことがあるんや」
次回最終回→
[*前へ][次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!