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ひぐらしのなく頃に
雛見沢大散歩大会
そして、日曜日。空は清々しい晴天に恵まれ、散歩には最高のコンディションとなった。


そして、俺は彼女らと合流し、冗談では済まない事態が起きたのを知るのだった。結局、レナは本当に弁当を作ってきてしまったのだ。しかも、超特大で!


「圭ちゃん、あの後レナ、大張り切りだったらしいよ!?」


「べ、別に俺がけしかけたわけじゃないだろ…!確かに弁当の話はしたが、あれは…話の流れと言うか、ちょっとした冗談のつもりで……」


「…そ、そんなに大変じゃなかったから、気にしないでよ…ね☆は、はぅ〜!」


「昨夜からあのテンションらしいよ!?責任持って全部食べきれんの!?」


「分かった。俺も男だ。責任は…取る!」


俺と魅音はゆっくりとレナに振り返る。レナはやたら重そうなボストンバックを地面に置いていた。
まさか、あれ全部……弁当!?普通ならあり得ないが、相手はレナなのだ…!


「…二キロくらい、かな?」


「レナね、荷物持つ時よっこらしょ、って言ってた。……五キロ」


「…そ、それはオーバー!圭一くん、たくさん食べるかなって思って…ね☆……あはは、もう行こ!…よっこらしょっと!」


レナがおもむろにボストンバックを持ち上げる。その持ち上げ方からは、中身が弁当とはとても考えられない。


「…訂正。俺も五キロ…」


「手伝うけど、全部食べるんだからね!レナを悲しませたら許さないよ!」


この展開が分かっていれば朝食を軽めにしてきたのに……。


今俺にできる努力は、少しでも運動してお腹を空かせることだけのようだった。


とりあえず、超特大弁当を完食できるかという問題は保留し、俺たちは当初予定の、雛見沢大散歩大会に出発する。






雛見沢は近代化とは程遠い寒村で、あちこちに合掌造りの古めかしい家が建ち並んでいる。他に目ん引くものと言えば電柱や田畑…。それ以外は森と山の緑一色だ。


案内して貰えば貰うほど、なーんにもない田舎であることが身に染みて分かった。


だが、その何もない飾り気のないところがむしろ雛見沢の良いところなのだ。


…全てがゆったりとしていて、誰も物事を急かささない。雲のように自然に流れていく時間。そのことを、俺はほんの二日戻った都会であれほど教えられたじゃないか。


…前の町では散歩に誘ってくれる友人なんていなかった。だからこそ、まだ雛見沢に馴染めていない俺を気遣ってくれる彼女らの心遣いが、とても温かで嬉しかった。


「あ、こんにちはー」


「こんにちは。あら、そちらは…確か、前原くんだったかしら?」


いくら雛見沢が寒村とは言え、道を歩けば何人か村人とすれ違う。


レナと魅音は人とすれ違う度に挨拶をしている。みんな顔見知りのようだった。


…しかも、すれ違う人はみんな俺の名前を知っているのだ。


「なんで俺はこんなに有名なんだ!?」


さっきから三人すれ違い、三人とも俺の名を即答したとなると、さすがに怪訝に思わずにはいられない。


「あはは、悲しいかなぁ、雛見沢は人が少ないからね。みーんな顔見知りなんだよね」


「つまりなんだ。知らない顔が歩いていれば、自動的に新しく引っ越してきた前原さん家の坊っちゃん、ってなるわけか」


「うん、そういうことになるね。圭一くんの家が引っ越してくるのは、回覧板で回ってたから村中が知ってると思うよ」


…寒村、恐るべし!!
今度からは一層、素行に気を付けなければなるまい。


うかつに書店でグラビアでも眺めていた日にゃ、その目撃情報が瞬く間に回覧板で広がって、次の日には村人全員からスケベ男のレッテルを貼られているに違いない…!!


…しかも、恐怖はまだ続く。


「じゃあ、レナはさっきすれ違った人たちの名前とかも分かるのか?」


「もちろん分かるよ!最初に会ったのが牧野輪店の竹蔵おじさん。趣味は盆栽と尺八なんだよ」


「次が乾物屋の次男で大介くん。趣味は狙撃で将来の夢はA級スナイパーだとか」


「それで、今の女の人は入江診療所の三四さん。趣味は野鳥の観察と写真だって」


「…すれ違った全員の名前が分かるのかよ。…プロフィールまで!?」


顔見知りであっても名前までは知らない。それが都会の限界だ。…それが、ここでは名前どころか趣味やプロフィールまで知れ渡っているとは…。


濃密な田舎の地縁に驚く他ない。俺のその様子に、レナと魅音は顔を見合わせクスリと笑い合った。


「まぁねぇ。ここらへんは都会みたいにご近所付き合いが稀薄じゃないからねぇ」

「じゃあ、試しに聞こう。今ここにいる俺は誰だ?」


「あははは。前原圭一く〜ん。時々いじわるなこと言うけど本当はやさしい照れ屋さん」


「転校してきてようやく数週間。趣味は昼寝。最近、トランクス派に転向、それから、」


「もういいもういい!!」


「……と、とらんくす…」


「それもいい!」


このままだとあることないことを色々と言われそうだ…。いや、それより。何で下着を買ったことがバレてるんだ!?ここでは一切の隠し事はできないらしい。
あぁ、恐るべき雛見沢!!


「これじゃあさ、俺のための案内ってより、俺のお披露目みたいだよな…」


「そうだね。うちらさ、これだけ賑やかに練り歩いてたからね。みんな思うんじゃない?圭ちゃんも雛見沢に馴染んでくれたんだ、ってね!」


「雛見沢は過疎だから。新しい人が仲間に加わってくれるのを、みんな大歓迎してるんだよ」


過疎、…か。確かに、人が既にいなくなり朽ちるに任せた家も少なからずあった。放置され、休耕状態の畑にも出くわす。


都会の人から見れば何でこんな不便な村に住み続けるのか大いに疑問だろう。人が出ていくことはあっても、入ってくることはない、それが過疎だ。


だからこそ、うちのように転入してくる人間は貴重なのかもしれない。さっきかり出会う人たちがみな俺の名前を知っていて、しかも温かく挨拶してくれるのは、そういった意味があるのかもしれない。


再び誰かとすれ違った。そして、やはり同じように声をかけられる。


「あぁらこんにちは。仲良しそうでいいわねぇ!」


「藤嶋さんちのおばさんだよ。こんにちは〜!」


「あぁら前原くん、両手に花でいいわねぇ!どう生活はもう慣れた?」


人々か出て行き寂しくなっていく村に、新しい仲間がやって来た…。それが我が前原家なら、少しでも早く村に馴染んで欲しいと考えるに違いない。


名も知らぬおばさんが尋ねる言葉の意味がよく分かった。


だから俺は、都会的な社交儀礼的な言葉をぐっと飲み込み、強く頷いて返事をした。


「はい。おかげさまで!今後もよろしくお願いします!!」


おばさんは元気がいいわね、とにこやかに笑ってくれた。
…挨拶ってこんなにも気持ちがいいものだったんだな。


「グッド!いい返事だね圭ちゃん。それでいいんだよ」


振り返ると魅音がウィンクをしてくれた。今日の散歩の意味が、ようやく俺にも分かるのだった。






「…で、ね☆そろそろお昼にしないかな?…かな?」

レナが最高の笑顔を作って、魅音と二人で忘れようとしていた時間の訪れを告げた。


俺と魅音は顔を見合わせる…。


「…俺も男だ。努力はする。だが、いくら何でも量が多過ぎる!」


「…よし!こうなったら援軍を呼ぼう!」


…魅音がこれほど頼もしく見えたことはない。さすがはクラス委員長!


「レナ、どうせ食べるならさ、見晴らしのいいところで食べない?」


「…わぁあ…うん!それいい、賛成〜」!


魅音の提案は快諾され、俺たちはその、見晴らしのいいところへ早速移動することになった。

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