NO.5
―『‥ジャー…』
――“‥あ…、”
断続的な水の音ではっと我にかえった。
…どれくらい、ボーッとしていたんだろう。
俺の手の中の小さな花瓶には、いつの間にか溜まった水がとめどなく溢れ出ていた。
――“あーあ、水もったいねぇ…”
――――キュ…ッ。
俺はどうでもいいことを考えながら蛇口の水を止めた。
――ポタ…ッ…ポタ、…
止めた蛇口から落ちる雫の音がかすかに響く。
―――ポタ…ポタ…ッ
『ここがトイレでよかったな…。』
誰にともなく呟いてみる…。今思えばどれくらいの時間、水を出していたのだろう?
誰もこなかったからよかったものの,他の人からみればちょっとアブない奴に見られていたかもしれない。
俺は蛇口から水を出しながらボケッとしている自分を思い浮かべて…少し笑った。
―――ポタ、ポタ…タ…
水の滴りが消える。
音が止まるとまるで限られた空間の中、一人音のない世界にいるみたいだった。
――…カタン‥
花瓶を横の台のに置くと、目の前の鏡に映る自分を見た。
……どちらかというと‥母さんによく似た目。
その目が…鏡のなかからじっと俺をみてる。
その目を見ていられなくなって‥反らした視線を床に落とす。
『……なんでだよ‥』
自嘲ぎみな笑いと共に吐き出した言葉は…
一言いってしまえば、もう止めることはできなくて。
――『…また‥っ、大事なモノを‥失うのか…?』
――“櫂”を…
呟くともう自分じゃどうにもできなかった。
我慢できずに、ただその場に座りこむ‥
――「“龍哉…”」
頭のなかで…母さんの声がした。
――『‥母さん…っ!!』
名前を呼ぶともう耐えられなくなって…。
――「…龍哉。強く生きろ」
――『‥とうさ…っ』
父さんの声…頭で響く。
――『‥なんで、自殺なんかしたんだよ…っ』
どうして俺を…
俺たちを‥
『‥なんで‥っ‥おいてくんだよぉ…』
連れていって ほしかった‥
世間からどう言われてもいい。父さんたちと…同じ所へ行きたかった‥
そんなことだめだって‥もう俺にだってわかりきってる‥
『…俺‥っ…こんなときどうしたらいい…?』
俺じゃ、
櫂を支えられない…
――『父さんたち…だけなんだ‥っ』
俺じゃあ、櫂を‥
笑わせられない
――『‥父さんたちじゃなくちゃ…ダメなんだよ…っ‥』
会いたくて…会いたくて
どれだけ俺たち
泣いたんだろう…
――『‥わかん、ねぇよ…っ』
それしか俺はいえなくて。
――『‥父さん…母さん‥!!』
バカみたいに、名前を呼んだ。
父さん…母さん、
俺は…櫂を‥
――『…どう、すれば‥いいんだよぉ‥っ‥』
俺の問いかけが、呟きが
誰にも届くことなく
ただ響いていた
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