[携帯モード] [URL送信]
依存症
Dependence symptom


「好きだよ」

そう言って、君は僕じゃない誰かにキスをする。
その声があまりに愛情に満ち溢れていたから、僕が君の心に入り込む隙間などないんじゃないかと思った。
何度も何度も君が僕じゃない誰かに愛を囁く度に傷ついて、それなのに自分の心がどこか冷めていくのを感じていた。
その頃から、僕はすでに君を愛することに疲れてしまっていたのかもしれない。
そんな僕たちの過ちの始まりは、中学の卒業を間近に控えたある放課後のことだった。

「ユク、好きだ」
「壱羽……僕のこと好きなの?」

夕焼けが差し込む誰もいない教室で、僕は少し高い位置にある壱羽を見上げた。
壱羽は頬を赤くしていて、照れているのが一目瞭然でわかった。
今まで女子の前でさえ、そんな姿を見せたことのない壱羽が僕にだけ見せる余裕のない姿だった。
不覚にも僕は、そんな壱羽の姿が可愛く見えてしまった。
だから、気づけなかった。
僕自身の本当の気持ちにも、それを見ていたもう一人の存在にも。
僕は思いっ切り背伸びをして、壱羽の唇にキスをした。
ファーストキスはさくらんぼの味っていうけれど、僕のは甘いチョコレートの味がした。

「いいよ……付き合おっか」

僕は、軽い気持ちで壱羽に答えてしまった。
その瞬間から僕たちの関係は、幼馴染みから恋人へと変わった。
それから僕はいつも以上に壱羽のことを意識するようになった。あんなに近くにいて、あんなに見ていたのに僕の知らない壱羽をたくさん知った。
そして、僕は気づいてしまった。
僕は初めから壱羽のことが好きだったということに。
生半可な気持ちなどではなく、本気で壱羽を家族以上に愛してしまっていた。
男同士の不毛な関係だとしても、それでも僕たちが愛し合っていられればそれでよかった。
その時、すでに僕はどこにも行けないように見えない鎖で壱羽のもとに繋がれていた。
がんじがらめのそれに僕が気づくことはなく、高校に入学してから友達がまったくできないことにさえ何の違和感を感じることがなかった。
たとえ友達がいなくても壱羽がいてくれるだけで、僕のすべては満たされていた。
だから、そんな君の裏切りがどうしようもなく許せなかったのかもしれない。
僕には壱羽しかいないのに壱羽には僕以外にもいる。
そんな現状が、どうにも許せなかった。

「壱羽、今日ね」
「悪い、用あるから先に帰っといて」
「うん……」

羽をもがれた蝶のような気分だった。
それでも悲しみや寂しさを感じることがなかったのは、心のどこかで壱羽には僕だけだっていう自信みたいなものがあったから。
壱羽は、僕だけを愛してくれるって思っているから。
愛してるのは迺音だけ。
そんな些細な言葉だけを信じて、僕は壱羽を待つ。
たとえ今日が僕の誕生日で、壱羽から二度目の告白を貰った記念日だったとしても、最後は僕のところに帰って来てくれるって信じてる。
この日は絶対に二人で過ごそう。
壱羽は今まで一度も約束を破ったことがないから、あの日の約束を覚えているはずだ。
この日を境にこの約束が守られることはなくなるとは知らずに、僕は遠ざかっていく壱羽の背中に早く帰ってきてくれるように投げかけた。
あの時、それを言葉にしていたら少しでも何か変わっていたのかな。
それも今となっては、わからない。
人は、口先だけで簡単に嘘を吐く生き物だ。
それが、後にどういう結末を招くのかも知らずに。
失って初めて気づくことができるものがある。
けれど、失ったものは二度とその手に戻ることはない。
だから、ほとんどの人は失ったことにさえ気づくことはない。



BACK/NEXT







あきゅろす。
無料HPエムペ!