[携帯モード] [URL送信]
幸せにはなれない
I don't leave it happily


眩しい程に真っ直ぐ、あの人はただ一人を愛し続けている。
そして、信じた神に見放された俺には何もない。
優先するべきものも、守らなければいけないものも、信じるものですら何もない。
だから、今の俺にとっての一番は壱琉だ。
こんな俺を好きになってくれて、こんな俺を想ってくれるのは壱琉だけだ。

「一番になれるかじゃなくて、壱琉は一番になった」

あいつと同じ一番に。
忘れることさえ許してくれないあいつと同じ位置に壱琉を並べた。
それはとても卑怯なことかもしれない。
あいつ以上に誰かを好きになるには、これが一番良い方法だと思った。
スタートラインがみんな同じなら、負けるか勝つかのシンプルなものに変わる。
あいつより劣っているか、勝っているか。
けれど基準になっているあいつの心が、俺は一番わからない。
どんなに俺があいつを好きだとしても、あいつは俺のことを何とも思ってないかもしれない。

「すれ違ってしまった時点で、関係は終わってた」

今までの唯一が一番ではなくなる日。
俺はあいつを過去にして歩み始めることになるだろう。
その時、隣にいるのは壱琉かもしれないし、違う誰かかもしれない。
けれど、きっと俺は壱琉を好きになる。
駄目な俺も含めて好きだと言ってくれた、ただひとりを。

「壱琉となら……」
「僕はっ!一番じゃなくていいんです」

それまで沈黙していた壱琉が声を上げた。
少し怒ったような苛立ちを隠せない様子だった。
俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。

「確かに先輩の一番になりたいです……でも、それはもっと先、未来の話でありたいんです」

確かに強い意思を持った瞳が俺を映した。
嗚呼、こんな風に俺のことを想ってくれる人がいる。
未来でも俺の一番であることを望んでくれる人がいる。
それは、何て。

「僕が聞いたのはそういう意味じゃなくて、先輩を構成する者の中で一番になれるのか聞きたくて……ああーっ、何て言えばいいのかわからない!」

何て深い想いなのだろう。
頭を掻き乱す壱琉に俺は泣きそうになった。
俺を構成する者の中で一番になりたい。
そう言われたのは初めてだった。

「つまりですね……もう先輩の辛そうな顔みたくないんです……」

悲しげに歪むその表情が胸を締め付ける。
俺は何て残酷なことをしているのだろう。
あいつを忘れる為に俺を誰よりも想ってくれる人を犠牲にしようとしている。

「ずっと笑っててほしい……泣く時は僕の傍で泣いてください」
「壱琉は優しいな……」

そんな壱琉を利用しようとしている俺は最低だ。
けれど、最低でも何でもいい。
俺は前に進みたいのだ。
あいつのいない世界で自由に、そして誰かと幸せになるために。

「きっとこれから先も誰より俺を想ってくれるだろうな……だから、一番なんだよ」

あいつにはなかった優しさが壱琉にはある。
気遣う心がある。
それだけで、もう充分だった。
あいつと壱琉は全然違う。
似ている所もなければ、比べられるようなものでもなかった。

「壱琉……」
「……僕は代わりになれますか?」

代わりなんかじゃない。
そう言ってやりたかった。
言えなかったのは酷い裏切りなのか意地か俺にはわからなかった。
身代わりにすることから始まった関係。
こんな奇妙な関係から抜け出せないのは、俺が何かに縋っていたいから。
あいつが見つけてくれると信じてやまないから。
胸の内に抱えたどうしようもない矛盾に、いつか俺は殺されるかもしれない。
裏切られた今でも、あれは裏切りではなかったのだと信じたいのだ。
願わくば、すべてが夢であらんことを切に。
そんなこと、ありもしないのに願ってしまう。

「馬鹿なこと聞いてしまいました……今のは忘れてください」

そう言わせているのは俺だ。
結局、俺は誰も幸せにはできない。
あいつも、弟も、両親も、そして壱琉も。
誰一人として俺からは何もあげられない。
本当の意味で幸せにしてあげられない。
俺はいつも与えられてばかりだ。
与えられるものを甘受して、与えるものを持たない。
だから、何も掴めない。

「壱琉……」
「僕は先輩といる時間が好きです……ずっとこの一年、先輩を見てきました」

壱琉は続けてこう言った。
そして、その瞳が誰かを探すようにさ迷っているのに気づきました。
きっと先輩にとってその誰かは比べられないくらい大切な人で、もう届かない人なのではないかと思いました。
誰かにぽっかりと空いてしまった穴を埋めてほしいのではないかと思いました。



BACK/NEXT







あきゅろす。
無料HPエムペ!