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愛してた,さようなら
Good-bye that loved you


用意された檻の中は、とても心地好かった。
誰と馴れ合うこともなく、ただ無関心でいることができて、毎日が平穏で静かだった。
けれど、どこか物足りなさを感じることがある。
無意識に誰かの中にあいつを見つけだそうとしている自分がいる。
どこにいても、何をしていても、俺の心を占めているのはあいつだった。
悪い意味でも、良い意味でも、俺の中からあいつが消えない。

「忘れさせてもくれないのかよ……」

甘い言葉さえ囁かれなくなった頃に一度だけ、俺はあいつのことを忘れようとした。
でも、俺は忘れられなかった。
ただでさえ男同士という不毛な関係なのにそこに愛すら存在しないのなら、続けていても仕方ない。
それでも俺はただひたすら無償の愛をあいつに捧げ続けた。
それが報われないものだとしても、いつか何かが変わると信じて。
結局、俺の独りよがりで終わってしまったけれど。
始まりはあいつから、なら終わりは俺から告げよう。
もし次に会うことがあったならば、俺はあいつにこう告げよう。

「さようなら」

二度と会うことも、触れ合うことも、二人の未来が繋がることもないだろう。
今はまだ忘れられないけれど、この痛みと共にいつか思い出に変わるだろう。
できることならば、最期まで幸せな夢を見続けていたかった。

「迺音」

耳の奥で甘く囁くあいつの声が聞こえた。

「迺音」

もう一度呼ばれて、俺は初めて夢から覚醒した。
目の前には、きらきらした金色。
嗚呼、あいつの瞳もこんな色だった。
愛おしい色であり、同時に裏切りの象徴のような色でもある。

「こんなところで寝ると風邪ひくよ?」
「……平気」

今、俺は屋上のフェンスを背にして座り込んでいた。
何となくばつが悪くて目を合わせることができず、俺は視線を足の隙間へと落とす。
声の主、志乃は何も言わずに隣に腰を下ろすと空を見上げた。
空と同じ色の瞳が、とても寂しそうだった。

「一人、寂しくない?」
「別に……一年もすれば慣れた」
「一年って早いよね」

遠回しに何かを告げようとする志乃の言動に眉間に皺をよせた。
回りくどい言い方は好きではない。
できれば、はっきりと簡潔な言葉で教えて欲しい。

「今も許せない?」

その言葉に主語はない。
しかし、誰を指しているのかは明確だった。
許す許さない以前の問題で、俺との関係はきっと最初から思っていたようなものではなかったのだ。

「どうだろうね」

曖昧な言葉を返した。
いや、はっきりと答えることを俺は戸惑ったのだ。
答えてしまえば、今の自分を否定してしまいそうで怖かった。
俺は自分の行動とは裏腹に、あいつを許そうとしていることくらいとっくに気づいてしまっていた。
だから、許すことなどできないはずなのに許したい心が邪魔をして身動きがとれなくなってしまう。

「迺音は……少しでも見つけて欲しいと思ってる?」

すぐに俺は首を横に振ることで答えた。
寂しさを感じていた思い出しかない。
けれど、そこに少しの幸せがあったのも確かで。
幸せを上回る寂しさは二度と味わいたくない。
できることならば、寂しさを上回る幸せを感じていたい。
今の生活には充分満足しているし、これでよかったとさえ思っている。
ただ身体はついていけても、心はそう簡単に順応してくれない。

「もうすぐ見つかるかもしれない」
「え……」
「夢だと思いたい?」
「まさか……そんなわけ……」

そんなわけないと思いたかった。
けれど、志乃の瞳があまりに真剣でそれが嘘ではないのだと理解した。
一年も経っているのだ。
もう俺のことなど昔のことだと忘れたと思っていた。
いや、忘れてほしかった。
俺は過去のすべてを清算したかった。
他の誰でもなく、自分の為に。

「迺音、自分に嘘を吐かないこと……姫乃との約束でしょ?」
「……うん」

たとえ誰に嘘を吐こうと誰に嘘を吐かれようと、自分の心にだけは嘘を吐かないこと。
それが俺と姫乃との約束。
今まで一度も破ったことはない。
けれど、今回はその約束は守れそうにない。
もし自分の心に正直でいたなら、今の俺がしていることは意味がなくなる。
以前と同じ、壊れるのを待つだけの人形でしかない。

「見て、聞いて、話して、自分の思う通りにすればいいよ」
「うん」

俺の答えは決まってる。
それ以外のことを言葉にすることはできないだろう。
きらきら眩しい金色に俺はこう言うのだ。

『愛してた、さようなら』

すべては過去の話だったと痛む胸を無視して。



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