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歪んだ世界
The crooked world


少しずつ僕たちは、間違った方向に進んでしまったのかもしれない。
本当は、もっと前に気づくべきだったんだ。
これ以上、深みに嵌まってしまう前に僕は壱羽から離れた方がいいのかもしれない。

「言い訳はしない……ごめん」

人に頭を下げたりしない壱羽が頭を下げたりするから、僕の決意が揺らいだ。
別れようって言わなきゃいけないのに、今回は見逃してあげようとか思い始めている自分がいる。
それじゃあ駄目なんだ。
きっと、何度でも壱羽は僕を裏切るんだから、許しちゃいけないんだ。
僕は、嘘と裏切りが大嫌いなんだ。
一度裏切った人間が、二度と裏切らない確証などない。
まして壱羽は嘘吐きだから、尚更信じられない。

「僕は初めから壱羽に期待なんかしてなかったけどさ……この裏切りは絶対に忘れないし、次はないからね?」

なのに口から出たのは、裏切りを許す言葉だった。
嗚呼、どうしても言えなかった。
僕はもう一度だけ壱羽を信じたかったんだ。
もしまた壱羽が僕を裏切ったなら、その時ははっきり言おう。
別れようと。

「ありがとう、迺音」

そう言って、壱羽は僕を抱き締めた。
顔中にキスを落としながら、壱羽が嘘を何度も囁く。

「愛してるのは、迺音だけだ」

まるで呪いの言葉のようだった。
その言葉は僕の頭の中で何度も繰り返され、その度に僕は嘘吐きと罵った。
昔、僕は大好きだった家庭教師に嘘を吐かれ、裏切られた。
嫌がる僕の腕を引っ張る家庭教師から助けてくれたのが、幼馴染みの壱羽だった。
もう誰も信じられないと言った僕に壱羽は約束してくれたのだ。

『俺だけはユクに嘘を吐かない』

そう言ってくれた壱羽は、僕の大嫌いな嘘と裏切りでできた人になってしまったのだと思った。
嘘を吐くくらいなら優しくしないでほしい。
できもしない約束なんて、しないでほしい。
僕のことを愛してるなら、他の人を見ないでほしい。
だけど、僕がそんな我が儘を口にすることはなかった。

「ユク、俺から離れていくな」

傲慢な言い方だけど、不器用な壱羽だから仕方ない。
でもね、その台詞は間違ってるよ。
僕が壱羽から離れられるわけないよ。
僕たちが離れることになったとしたら、それはきっと壱羽に僕が必要なくなった時。
つまり僕以外に愛してると壱羽に言われる人が現れた時だよ。
その時は、僕が潔く身を引いてあげるから。

「大丈夫、僕はどこにも行かないよ」

たぶんね。
壱羽が裏切ったり、僕を捨てたりしない限りはね。
それまでは、君の嘘に付き合ってあげるよ。
だから、君にもう一度だけチャンスをあげよう。
二度目はない。
これが、最初で最後のチャンス。

「ゲーム……どっちが負けるかのね」
「え?」

そう、これはゲームだ。
僕と君との最初で最後のゲーム。
君が僕を裏切るなら、僕は君を捨てる。
君が僕を捨てるなら、僕は君を裏切る。
君の知らない僕だけのゲーム。
勝ちはない。
どちらが負けるかの心理ゲーム。
負けたら最後、僕はここからいなくなる。
だからね、僕は負けたくないんだ。

「絶対、許さないから」

嘘も裏切りも許せない。
でも、それ以上に壱羽を信じられなくなった僕自身が許せない。
嘘や裏切りのない世界なんて本当はないはずなのに、壱羽がそれを可能にしていた。
だから、壱羽は僕にとっての嘘偽りのない真実だった。
そのたったひとつの真実を僕は見失った。
それが、とても重いように感じられる。

「壱羽、愛してる」

きっとこれが君に吐く初めての嘘。
だから、許してね。
僕は君が思っているより、純粋で一途じゃないから。
とても歪んでしまっているから。
ゲームには負けたくないけど、ゲームの結末が知りたいから君を試すような真似をするんだ。



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