[通常モード] [URL送信]
13
季節外れの編入生 13


モデルといっても、慣れてしまえば騒がなくなる。
しかも、男しかいないこの学園で今だに騒がれるのが不思議だ。
改めて、恭夜先輩の凄さを知った気がする。

「じゃあ、授業出ないんですか?」
「まぁ……生徒会には授業免除特権があるからな」

つまりは、理事長である日向さんも授業にならないことがわかっているから特権を与えたのだろう。
そういう面を考えるとモデルをしながら、生徒会役員をするのは大変だと思う。
常に誰かに見られていることを意識しつつ、自分のとった些細な言動や行動ひとつで周りが勝手に動いてしまうのだ。
統制するのも難しいだろう。

「大変なんですね」
「そうでもないけどな」

俺はこの学園のことも、恭夜先輩のことも、よく知らない。
以前は幼等部に在席していたと言っても、名前だけでほとんど通ってはいなかった。
家で勉強すれば事足りたし、両親は行かなくてもいいと言っていたからだ。
成績だって悪くはないし、愛想だって悪くはない方だ。
ただ、ほんの少しだけ他よりも感情が欠如しているだけだ。
愛想笑いを浮かべながら、心の奥深くは冷えきっていた。

「姫乃、眼鏡は取るなよ」

恭夜先輩が心配そうな瞳を向けるものだから、俺は無言で頷いた。
それほど心配しなくとも、この眼鏡を取るつもりはない。
日向さんとの約束でもあるし、俺自身も素顔を見られて感づかれては困る。
今まで秘密にしてきたのだから、これからも俺はその秘密を守らなければいけない義務がある。
それが俺であり、セツであり続けるために事務所の社長から押し付けられた絶対条件だ。

「何があっても取りませんよ……だって、これは秘密だから」
「なら、いい」

秘密を知っている人間は少ない方がいい。
だけど信頼できて、尚且つ、俺自身を真っ直ぐに受けとめてくれる人でなければ駄目だ。
少しでも俺が否定されたなら、それで俺の人生は狂う。

「だけどな……秘密を重く感じたら、すぐに言え」

その淡い優しさに心を奪われた気がした。
いや、正確には言うなら、ないはずの心が生まれたような気がした。
どこか冷めたように第三者の立場から受けとめず、正面から俺自身が受けとめたようなそんな感じ。
俺の秘密はそんなに軽くない。
だけど、重いだけじゃないのだ。
苦しくて、悲しくて、胸が締めつけられることもあった。
嬉しくて、愛しくて、胸が温まることもあった。
それらすべてが、現在へと繋がるものだから俺は今ここにいる。
どんなに秘密が重くなったとしても、それは俺が背負うと決めたことだから。
簡単に誰かの肩を借りて、休んではいけない。
それは誓いにも似た戒めである。
この先、誰かに心を捧げることはない。
そうやって今まで生きてきた。

「言えないなら無理はしなくていい……ただ泣く時は俺の傍にいろ」

何か察した恭夜先輩は、悲しげにそう言った。
その言葉の裏に隠された意味など知るはずもなく、俺は精一杯の笑みを返した。
それを見た恭夜先輩がますます悲しそうにしたのに俺は気づかなかった。

「俺は大丈夫」

恭夜先輩に言い聞かせるように、いや自分自身に言い聞かせるように呟いた。
押し潰されそうな時は、真っ先に助けに駆けつけて。
泣きそうな時は、その胸に閉じ込めて離さないで。
何度でも耳元で愛してると囁いて。
それだけで、俺のない心は簡単に揺らいでしまうから。
だけどね、簡単に奪わせはしないよ。
だってこれは、この世でたった一人の愛した人に注ぐものだから。

「ほら、早く行くぞ」

目の前に差し出された恭夜先輩の手。
さも当然のことであるように伸ばされたその手を俺は、自分の手を重ねることもせずに振り払った。
目の前の景色が霞む。
そこにいるのは、あの人ではない。
あの人ではないのに俺の目には、あの人の姿が映し出された。
行こう、と差し出された手。
そして、それを拒絶した俺。

「……ぃ、ゃ……やっ!」
「姫乃?」

両手で頭を抱えて、フラッシュバックする過去の記憶をとめようとした。
優しい声が、優しい瞳が、俺の気持ちをこうも安易く揺さ振る。
あの人は、もう俺の傍にはいない。
何度も自分に言い聞かせては、絶望した。
それは、最後に会った日に俺の言葉があの人の心を酷く傷つけただろうから。
あれ程までに自分は愛していたのに、なぜ傷つけてしまったのだろう。
今更、後悔したところで現状は変わりはしない。

「ご、ごめ……さいっ」
「姫乃!」

そこで俺の意識はぷつりと途切れた。



BACK/NEXT







第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!