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12
季節外れの編入生 12


部屋には、片付けられなかった段ボール箱が昨日のまま置いてあった。

「姫乃、そろそろ学園に行こう」

しばらくしてドア越しに恭夜先輩が声をかけてくれた。
袖で流れる涙を強引に拭い、制服を探そうと段ボールに手をかけた。
ガムテープを剥がし、ひとつひとつ段ボールの中身を確認する。
しかし、どの段ボール箱にも、広いクローゼットの中にもなかった。

「まだ着替えてなかったのか?」

ノックもせずに入ってきた制服姿の恭夜先輩は、今だ部屋着姿の俺に目を丸くした。
昨日見た恭夜先輩や葵兄たちと同じ制服がない。
制服が見つからず、また涙が溢れそうで堪えたが、堪えきれずに涙目になってしまった。

「恭夜先輩、制服がない……」
「はっ?」

一瞬、驚いた顔をした後に恭夜先輩は段ボール箱の中を探り始めた。
時刻は、すでに八時を過ぎようとしていた。
昨日、日向さんに八時に職員室で担任に挨拶するように言われていたことを思い出したが、もう間に合わない。
制服がなければ、職員室に行くことさえできない。

「あった……」

恭夜先輩が小さな呟きを口にした。
俺はその小さな呟きを聞き逃すわけがなく、慌てて恭夜先輩に駆け寄った。

「ほら」
「こ、これ……っ」

手にされていたのは、制服と呼べるものではなかった。
恭夜先輩の制服と比べれば、基本の形は似ているが、後はまったく違うのだ。
その制服には、フリルやチェーンがふんだんに使われている。
いかにも改造しましたと言わんばかりの制服に溜め息しか出てこない。
しかし、いつまでも呆れているわけにもいかない。
こうなったら、背に腹はかえられない。
恭夜先輩の手からその制服を奪い、早々と着替えた。
サイズは、恐ろしいくらいにぴったりだった。
まさかと思って昨日の手紙を取り出し、始めから読み返した。
案の定、最後の行の下に小さくこう書いてあった。

『制服は、ひーちゃんに似合うようにママが零ちゃんにお願いして改造しておきました!絶対に着てね』
「……最悪だっ」

俺は手紙を握り潰し、悪態をついた。
母様と零がグルだったのは、予想していなかった。
あんなに慕ってくれていた零が、俺の嫌がることはしないと過信しすぎていたらしい。
セツ専属のデザイナーである零は、その道で知らない者はいないとまで言われる程の有名デザイナーだ。
実際は、モデルにうるさく、気に入らない人の服はデザインしないという少々我が儘な一般男子高生デザイナーである。

「似合わない……」

鏡に映った自身を見て、盛大な溜め息を吐いた。
日向さんに貰った顔を隠す為の銀フレームの眼鏡と制服は組み合わせは最悪だった。
いつもいつも俺は母様のやることに巻きこまれる。
今回はとうとうどこをどう見ても男である恭夜先輩と婚約までさせられて、挙げ句の果てに行きたくなかった学園に通わされる羽目になった。
つくづく自分はついてない。

「姫乃、行くぞ」
「あ、はい」

ほんの一瞬だけ、恭夜先輩が笑った気がした。
二人揃って部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。
少しの沈黙も息苦しくなくて、むしろ落ち着く。
エレベーターを降りてすぐ、寮のエントランスにある大きな吹き抜けと噴水を通り過ぎ、ここに来て初めて外の空気を思いっきり吸い込んだ。
俺より一歩前を歩く恭夜先輩の背中を見つめながら、遅れないように後ろについて行く。
意外にも気をつかってくれているのか、恭夜先輩はゆっくり歩いてくれるから、ちょうど良いペースで歩ける。
何だかんだと心配してくれて、そんな恭夜先輩なりの優しさが嬉しかった。

「すぐには馴染めないかもしれないが、呉羽たちと同じクラスだから大丈夫だろう」
「はい」

果たして、俺は新しいクラスに馴染めるのだろうか。
金持ちの坊ちゃんばかりの学園だけあって、俺の不安は最高潮だった。
陰湿なことを多少される覚悟はある。
ただ度を越して、俺ではなく俺の周りの人間が手をつけられない状態になることだけは避けたい。
特に過保護な兄たちのことだ、何をするかわからない。
それこそ退学など簡単にやってのけてしまいそうだ。

「恭夜先輩は授業出なくていいんですか?」

恭夜先輩の腕時計で時間を盗み見たところ、九時を過ぎていた。
思いのほか寮から校舎まで距離があった。
しばらくの沈黙の後、恭夜先輩は口を開いた。

「あの状態じゃ、授業に集中できないだろ」

あの状態とは、昨日の食堂のようなことを言うのだろう。
確かにあれでは、授業どころではない。



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