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04
季節外れの編入生 04


扉の向こうから現れたのは、予想通り俺の両親だった。
間違いであってほしいという願望は見事に打ち砕かれた。
親しげに言葉を交わす両家の両親は、日向さんに促されて奥の部屋へと歩を進める。
その後ろを日向さんに言われて、渋々なからついていった。
ソファーに腰掛けた父様が手招きをするので、気は進まないが父様の左隣りに腰掛ける。
当然のように俺の右隣りに母様が座り、両親が俺を挟むようにソファーに腰掛けた。
一方、叶夫妻は仲良く並んで座り、未幸さんの隣りに先輩は腰を下ろしていた。
母様は俺を愛おしそうに抱き寄せ、父様は微笑みながら何度も俺の頭を撫でた。

「そちらが美里ご自慢の姫乃くん?」
「そうよ!どう、未幸?可愛いでしょう!」

自信満々でそうおっしゃるのは一向に構いませんが、俺は可愛くとも何ともない。
むしろ平凡の分類だと思っている。
親の欲目にしても、少し行き過ぎているのは確かだろう。
相手を困らせるような真似はしないでください。

「予想以上よ!とっても可愛らしいわ!ねぇ、恭夜?」
「あぁ……はい、そうですね」

先輩は気のない返事を返した。
未幸さんも母様を気遣って、お世辞で言ってくれたのだろう。
母様が親バカで本当にすみません、と不甲斐ない息子が代わって謝罪したい気持ちでいっぱいだ。
でも、たとえお世辞だろうと遠回しだろうと傷ついたのは確かだ。

「あのっ……どうして父様と母様がここに?」
「もちろん婚約者の顔を見に来たに決まってるじゃない」

そんなあっさりと返されると困る。
しかも、ここに来たからには婚約者は男ってことだ。
そんな可哀想な運命を辿ることになる俺を含め、兄弟四人の中の誰かを憐れんだ。
まさかとは思うが、これだけは聞いておこう。

「誰のですか?」
「姫乃のだよ」

父様、それは聞き間違いでしょうか。
今、俺の婚約者って言いましたよ。
どういうことですか。
俺じゃなくとも、志乃がいるじゃないですか。
いや、別に双子の兄を犠牲にしようっていうわけではないですよ。
そもそもそんな話、初耳です。

「ひーちゃんは恭夜くんと仲良くしてね」
「恭夜は姫乃くんを泣かすんじゃないぞ」

俺の両親も勝手だけど、先輩のご両親も大概勝手な人だと思った。
その後、両親たちは結婚についての話に盛り上がり、披露宴は誰を呼ぶだとか、お色直しは何回やるだとか、具体的なことまで決めていた。
当事者の二人を無視して、話は進んでいった。
時々、先輩には答えが求められていたからまったくの蚊帳の外というわけではなかったようだが。

「そろそろ失礼させてもらうわね」
「また今度ゆっくり話でもしましょう」
「えぇ……姫乃くん」
「あ、はい」

ずっと俯いていた顔を上げた。
立ち上がった叶夫妻が俺を視界に入れ、優しげに微笑む。
そんな姿を見ると先輩はどちらともあまり似ていないな、と思った。

「恭夜のことお願いね」
「はい」
「また食事でも一緒にしましょう」

その言葉に俺は頷いた。
とっさに返事を返したが、しまったと後で反省した。
ここで断らないと婚約話は後々断りにくい話である。
言おうと口を開いたが、言葉が出なかった。
正確には、何を言えばいいのかわからなかったのだ。
結局、何も言えないままに叶夫妻は部屋を出て行ってしまった。

「姫乃、長い休みには帰ってくるんだよ」
「わかっています、父様」
「恭夜くんと仲良くするのよ」
「……はい」

不意に父様の視線がどこかに向けられた。
その先を追うと向かいのソファーの左端へと向かっていた。
視線の先に座っていた先輩が立ち上がり、腰を折って礼をとった。

「恭夜くん」
「何でしょう?」
「姫乃、寂しがり屋で泣き虫だから……よろしくね」
「わかりました……大事にします」
「またね、恭夜くん」

気が済んだのか、用が済んだのか、よくわからないが両親は言うだけ言って帰っていった。
俺は放心状態でドアを見つめていたので、先輩がどんな状態だったかはわからない。
放心状態の俺の掌の上に銀色のカードが落とされる。

「ヒメの部屋の鍵だよ」

日向さんの話では、このカードは鍵の役割はもちろんのこと、学園内で買い物をする場合に現金替わりに使われるらしい。
まったく便利な世の中になったものだ。

「生徒たちが欲しがるカードだから、なくさないで」
「どういう意味?」
「一般生徒は持ってない特別なカードなんだ」
「そう……」

ナンバーの刻まれたそれをじっと見つめる。



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