先生≠彼 番外編
♯10
七海が帰るって言うから、駅まで一緒に行くことにした。
「別にいいのに。送ってくれなくて」
「ううん、ついで。駅に用があるの」
どうせ今日はけいちゃん、遅いって言ってたし。
「貴金属屋さん?」
七海の洞察力が流石なのか、あたしがわかりやすいのか、どっちだろう…もう、やんなっちやうな。
「下見だけしておこうかなと思って」
「うん。いいと思う」
私はこれからバイトあるから付き合えなくてごめんね。七海は手を振って、自動改札の緑のゲートをくぐっていった。
早く結婚したから、あたしの方が先に大人びててもいいはずなのに、現実は逆で。あたしは結婚したことで、余計にけいちゃんに守られてしまってる。
それじゃ、嫌なんだけどな。
あたしは七海とは違う路線の電車に乗って、大きい駅で降りた。デパートの中のアクセサリーコーナーをちらちらっと見てみる。
ブランド毎に分けられたショーケースの中の指輪は、どれも綺麗で華やかで、そして…。
とっても、お高い。
思わず、ゼロの数を数えてみてしまうけど、やっぱり間違ってなかった。
「どういったものをお探しですか?」
営業スマイルで声を掛けられて。
「い、いえ、ひ、冷やかしでっ」
焦りまくった態度で、その場を立ち去っちゃった…もう、あのブース見れない。
隣のデパートも見てみたけれど、やっぱり同じように声を掛けられちゃう。
「今度主人と来ます」とか言えばいいんだろうけど、なんか恥ずかしくって、今度もまた逃げ出しちゃった…けいちゃん、あたしの指輪、どうやって買ったんだろ、ちょっと尊敬。
ショーケースではなく、普通の外に出てるアクセサリーの方に移動したあたしは、そこであるパンフレットを見つけた。
――世界にひとつだけの指輪
歌の文句みたいなのが書いてある小冊子は、ブランドのカタログではなく、アクセサリー工房の紹介。小さな冊子をぱらぱらっとめくってみる。
(へえ…、オリジナルの指輪って作れるんだ)
自分たちで素材からデザイン、仕上げの方法、埋め込む石やカスタマイズも選べる。夫婦全く同じにしてもいいし、デザイン違いの素材違い、もしくは逆など、自由に組み合わせられるのも、オーダーならではだろう。
(こういうのも、いいなあ…)
とりあえず、それだけ貰って、近くのベンチに座って見ていたら、スマホが震える。
――けいちゃんからだ。
慌てて、店外に移動しながら、その電話を受け取った。
「千帆? 今、何処にいるの?」
「え?」
「家に帰ってきてもいないから。大学も今日はない日でしょ?」
え、じゃあもう、けいちゃんが帰ってくるような時間?
慌てて時計を探して見ると、確かにもう7時回ってる。
「ご、ごめん、けいちゃん。すぐに帰る」
「何処にいるの? 千帆」
「ええっとねえ…」
デパートの名を告げると、けいちゃんは「はあ? 何でそんなとこに…」と疑問を投げかけてくる。
「ちょっと用があって…。今、駅に向かってます」
「じゃあ、◯駅まで迎えに行くよ」
「え、平気だよ」
「傘ある? こっち集中豪雨だぞ」
「えっ」
館内にいたから、全く気が付かなかった。空の変化も雨の匂いも。
デパートからも全く濡れずに駅に辿り着く。電車から窓の外を眺めて初めて、けいちゃんの情報の正しさを知った。
(けいちゃん、過保護だなあ)
駅の売店で傘を買ったり、バス待ちの長い列を横目に、あたしはロータリーに停まってるグリーンの車に近づく。いつから待ってたのか、けいちゃんは背もたれを倒して、両腕を組んで浅く眠ってた。
けいちゃん、疲れてそ。ちょっとやつれたほっぺを指先でつついても、けいちゃんは起きない。
(誰も見てないよね?)
雨で暗さが増し、視界が悪くなった外の景色を肩越しに確かめてから、けいちゃんの唇に軽くキスした。
ふわっと軽く触れただけだったのに、けいちゃんの反応は過剰だった。
「うわ、わ、千帆?」
バランスを崩しながらも、上体を起こしてシートを直す。それから、あたしの方をチラッと見た。
「いつ来た?」
「ちょっと前。乗ってもけいちゃん、気づかないんだもん」
「…ごめん」
口元に手を当てて、けいちゃんは謝る。
「ううん、ありがと、雨、凄いね」
「濡れなかった? 千帆」
「うん。けいちゃん、迎えに来てくれたし」
「何処行ってたの?」
けいちゃんに聞かれて、あたしは早速さっきの冊子を取り出した。
「あれ、千帆、爪可愛くなってる、どうしたの?」
冊子を手に取るより先に、あたしの手首を掴んでけいちゃんが言う。
そ、そこ、今食いつくんだ…。
「七海にやってもらった」
「あいつ、器用だなあ…」
そう言って、けいちゃんはまじまじとあたしの手指を眺める。指先ってあんまり見られたことないから、恥ずかしい。
「け、けいちゃん、それより…」
「あ、ああ、ごめん。何の話だっけ」
やっとけいちゃんはあたしから手を離してくれた。
「あのね。指輪見に行ってたの」
「指輪…ああ。いいの、あった?」
「でね、あたし、予算とかわかんないけど、こういうのもいいかなあ…と思って」
と、けいちゃんとふたりでパンフレットを覗きこむ。
シンプルなものだと、市販されてるそれより安いし、デザインや装飾に凝ろうと思えば、勿論その分お値段は上がってく。
「ふーん…」
けいちゃんも興味深そうに覗きこんでる。
「どう、かな。なんか指輪の手作りってやってみたいな、って思ったんだけど」
「千帆、俺に気使ってる? 俺――というか、我が家の経済事情」
「つ、使ってないよ。デパートで見たのは、あんまりピンとくるのがなくって。だったら、自分たちで作った方が、思い出になるし、記念にもなるかな…って、けいちゃぁぁん」
ふいにぎゅって運転席側に抱き寄せられて、あたしは焦る。ここ車内とは言え、屋外だから。さっき、眠ってるけいちゃんにちゅーしたあたしが言うことじゃないかもだけど。
「ありがと、千帆」
右腕であたしの背中をホールドしたまんま、けいちゃんはあたしの髪を撫でる。お礼なんて言わないでよ、けいちゃん。
突然降りだした雨に、車で迎えに来てくれたり、ご飯作ってくれたり。あたしは当たり前みたいな顔して、けいちゃんの優しさ、受け取ってる。
「ここ、近いんだね。8時までか。ちょっと行ってみる?」
「え? 今から?」
「うん。今から。どんなの出来るかわかるし、話だけでも聞いておきたくない?」
けいちゃんはすぐにスマホを取り出す。パンフの後ろの番号に掛けて、今から行くことを伝えようとしてるらしい。
「でも、けいちゃん疲れてないの?」
「…平気だよ。明日、休みだしね」
電話に出た工房の人に今から行く旨を告げると、けいちゃんの車は雨の中、自宅とは反対方向に走り出した。
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