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先生≠彼 番外編
♯9

〜★〜☆〜★~☆〜


「『自分の結婚指輪は要らない』は、やっぱりまずかったんじゃないのお?」

さっくりと、あたしの愚痴への感想を言って、七海はあたしのつめ先にさっと刷毛を滑らせる。もう片方も塗ると、ピンク色の爪の先に白い縁取りが出来る。わあ、可愛い。フレンチネイルなんて、初めて。


「…そう、なのかなあ。でも、ホントあれこれお金使っちゃってるし、あたしは別にいいのにな…」
「ちぃはあんまりこだわらないもんね。そういうの」
「うん。ピンキーリングもあるし、エンゲージもあるし、十分だと思ってる…」

「遠藤ちゃん、プライド高いからね。妻に情け掛けられるのなんて、絶対嫌だったんじゃんない?」

『絶対嫌』かあ…。あれから、なんとなくけいちゃんとはぎくしゃくしたまんま。


「結婚って難しいね…」

あたしの暗い気持ちとは裏腹に、華やかな可愛らしい装飾を七海は小さな小さなキャンバスに施して行く。ストーンを乗せて、トップコートを塗って。

「出来た」って、七海の手があたしの手から離れてから、あたしはまじまじと自分の十指を眺めた。


淡いピンクのベースに白いラインの入った先端。ピンクと白の間のきらきらしたストーン。


「可愛い。七海凄いね、ネイリストの勉強もしてるの?」
「ううん。ネットで簡単可愛いやり方見たから、やってみたくて。私は爪、伸ばせないし、ネイルも派手なのダメだから」

そう言って、七海は自分の左手を見つめる。意外に美容学校って制約多い。器用な指先は確かに何の装飾もないし、爪も短い。

あたしは実験台らしい。こんな素敵な実験なら、いつでもモルモットになるけど。


「で、決まったの? 指輪」
「ううん、まだ。明日見に行く」

この手で行ったら、指輪も映えそうだなあ。


「なんかさ、あんたのとこは遠藤ちゃんのがマリッジブルーっぽいよね」

持ってきた用具をしまいながら、七海が呟く。


『マリッジブルー』


よく聞くけれど、自分には縁のない言葉だと思ってたその一言が、胸に刺さった。


「ええっ、けいちゃん、あたしとの結婚取りやめたい、って思ってるのかな」

今更、けいちゃんにポンって捨てられたら、あたし、どうすればいいんだろ。のこのこ実家に帰ればいいのかな。あ、でもここもうちのお父さんの持ち家だっけ。じゃ、結婚生活破綻の折には、出てくのはけいちゃんってこと?


「…い、いや、そんなことは思ってないと思うけど」

七海はあたしの想像が突飛だと苦笑いする。


「そんな極端なものじゃなくってさあ、もっと小さいものなんじゃないかなあ。上手く行かなかったり、思うようにならないことの不満とか不安が、ちょっとずつ溜まって、ストレスになっていく感じ? 結婚式をああしたい、こうしたいって、願望はちぃより遠藤ちゃんの方がありそうだからなあ」
「そうかも…」

あたしはぶっちゃけ、けいちゃんといられれば幸せで。
けいちゃんと結婚式なんて夢みたいで。

でも、けいちゃんにはずっと現実として伸し掛かってたのかもしれない。


お料理決める時も、招待状の文面考える時も、あたし全部「けいちゃんが決めていいよ」ばっかり。けいちゃんに任せっぱなしで、頼りきってた。

あたし達の結婚式なのに。


「七海、どうしよ…」

じわっと浮かんだ涙を、手の甲で拭おうとしたら、七海の顔色が変わる。


「わわっ、やめて、ちぃ。まだ。乾き切ってないから」
「あっ、そうだ、ネイル」

ネイルのためなら、涙も引っ込んじゃうって、女の子って不思議…ってか現金。空中で、あたしの手を止めて、七海はほっと息をついた。


「遠藤ちゃんとじっくり話しなよ?」
「ん…」

でも、けいちゃんて前っからそうだけど、肝心なこととか、後ろめたいこと、いっつもあたしに話してくれない。「先生と生徒」だからしょうがないのかなと思ってたけど、夫婦になっても、けいちゃんのあたしへの態度って、あんまり変わってない。


愛されて大事にされてるのは、感じるけれど。

――けいちゃん、あたし、けいちゃんの奥さんになったんだよ? 子どもっぽくて、たよりなく思うこともあるかもしれないけど、たまには頼って欲しいなあ…。


「七海は酒井くんとどう? 酒井くん元気かな」

ふたりももう付き合って1年くらいになる。


「ん…2週間くらい会ってないけど、多分元気」
「えっ、どうして」
「ぼちぼち水泳シーズンだもん。去年はインカレ…っての? 大学生の大会、出られなかったけど、今年はチャンスあるかも、なんて毎日大学のプール通い。前世はカッパか、ってくらい泳いでるよ。泳げてるってことは、元気なんでしょ?」
「あはは…」

自分の彼氏をカッパ扱い。けど悪口言いつつも、七海は頑張ってる酒井くんを認めてもいるし、応援もしてるんだろうな。

お互いのやりたいこと認めつつ、支え合えるっていいなあ。あたしとけいちゃんが、七海と酒井くんみたいな対等な関係にならないのって、年齢の差のせいなのかなあ…。




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あきゅろす。
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