先生≠彼 番外編
♯8
秘密にしてた俺と千帆の関係。入籍だって済んだし、一緒に暮らして今度は式まで挙げる。もう、堂々としていいのに、いざ情報解禁となると、方法も時期も迷ってしまう。
「3―4なあ」
元教え子たちに伝えたい気持ちは勿論ある。
「俺と七海以外は誰も来ないんだ」
「その予定」
「なあ、遠藤ちゃん。俺にちょっと任せてくれない?」
「何を」
「3−4のメンバー集めるからさ。同窓会しようぜ。式が終わってからさ、カラダ空けといてよ。春日も一緒に」
断ってもやる、って言いたげな雰囲気の酒井だった。確かに酒井が適任なのは、事実だ。酒井なら悪いようにはしない、って言うのもわかってる。
「わかった。じゃあお前に任せるよ」
酒井が何を企んでるかはわからなかったけれど、俺は酒井に一任した。
席次を決め、料理を選び、引き出物を注文する。式は、教会式も選べるんだけれど、デッキで船長立会の元に行う、キャプテンセレモニーにした。
演出用のDVDや式の最中に使うBGM用のCDを作ったり。細かい作業が割りと多い。千帆はこういうの全くダメだから、ほぼ俺の仕事だ。
「…ん、けいちゃん。けいちゃんってば!」
ヘッドホンをつけたまま、机に突っ伏して眠っていたらしい。千帆に外されて、耳元でがなられた。
「え、俺、寝てた?」
首元にずらされたヘッドホンからは、高く澄んだ女性アーティストの声がまだ鳴ってる。こんな大音量で聴いてて、よく寝れたな、俺。
「…ごめん、意識失ってた」
「お疲れだね〜。何か、あたし出来ることある?」
申し訳なさそうに千帆が言う。
「じゃ、コーヒー淹れてきて」
「りょーかいっ」
まるで初めてのおつかいでも頼まれた子どもみたいに、無邪気に千帆は笑った。あ、その顔可愛い、と思ったら去りかけてた千帆の腕を引いて、ぎゅって抱きしめてた。
「…けいちゃん?」
居心地悪そうに俺の腕の中で千帆が身動ぐ。
「これじゃ、コーヒー淹れられないよ」
「ん…」
千帆の匂いを感触を存分に味わってたら、千帆が急に「そうだ、けいちゃん!」とがばっと顔を上げた。
「指輪、どうしよう。まだ、作ってないよね? …というか、作るよね?」
すっかり忘れてたことを指摘されて、一瞬頭が真っ白になった。マリッジリング…。
やっべ、どうしよう。
結婚式まではあと1ヶ月を切っていた――。
「けいちゃん…」
俺の動揺を肌で感じたのか、千帆は不安げに俺を見上げた。
「あ、ごめん、すっかり忘れてた」
「い、忙しかったもんね、けいちゃん」
なんとなく白白とした空気が流れる。結婚指輪忘れてたなんて、一生の不覚。
「今度のお休みに見に行くか」
「うん…あのね、お金とか時間とか厳しかったら」
そう言いながら、千帆は右手で左手を弄ぶ。こそこそ何してんのかと思えば、自分の左手の薬指の指輪を抜き差ししてた。
「あたしのマリッジリングは、これでいいよ。けいちゃんがくれたものだし」
千帆が抜き差ししてるのは、俺が一昨年のクリスマスにあげたエンゲージリング。ちっちゃなダイヤが載っかったそれは、やっぱり普段使いするのには不向きで、千帆も出かけるときにしかしてない。
「けいちゃんのだけ、おんなじブランドで似たようなデザインで揃えたら…それっぽくならないかな」
千帆の気遣いはわかる、わかるけど…でも、そこは妥協したくないって言うか、違くない?
ふたりで同じ気持で、お揃いの指輪交換するからこそ、意味があるんじゃないの?
「いーよっ!」
気持ちや経済面での余裕の無さを表面に出すつもりはなかったのに、自分で思った以上に声が尖った。
ビクッと千帆の肩が揺れた。
「あ、ご、ごめん、けいちゃん…、お金のこととか、あたしよくわかってないのに」
千帆が怯えた顔で俺に謝る。
結婚式なんてひとりでするものじゃないのに。ついついひとりで抱え込んで、千帆の手を借りようとしないのは、俺の悪いクセ――。
逆だった心を落ち着けようと、大きく息を吐き出して、千帆の髪をくしゃっと撫でた。
「…ごめん。指輪のことは何とかするから」
「うん」と頷いたものの、千帆の表情は強張ったままだった。
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