先生≠彼 番外編
♯7
Side Keishi
いつか、って思ってたけど、まだ早い――結婚式については、焦るつもりはなかった。質素でも簡素でも、自分たちの力だけでやれなきゃ意味が無い――くだんない見栄かもしれないけど、そう思ってたから。
千帆のお父さんから連絡が来たのは、卒業式が終わって、3年が学校からいなくなって、学年末試験も終わって、先生も生徒達もみんな明日の授業のことでなく、次の1年のことを考え始めるような、春休みまであと数日――って日だった。
「近いうちに千帆に内緒で時間取ってもらえないだろうか? 慧史くん」
スマホ越しのお義父さんの声は普段より固い。何か異常事態の訪れを予感させながらも、内容には触れてくれない。
気になったから、その日のうちにお義父さんに会ってきた。
会ったのは、最初にお義父さんに会った時とおんなじ駅構内のカフェ。先に待ってたお義父さんは景気付けみたいにアイスコーヒーを一気に半分くらい飲んでから、驚くべきことを語った。
なんて言っていいか言葉が出なくって、黙りこくったままの俺に更に言葉を連ねた。
「そんなに深刻にならなくていい、慧史くん」
「でも」
「ああ。ただ、自分たちが思ってるより、僕達には時間がないのかもしれない、なんてそんな焦燥に駆られてしまってね。だったら、千帆のドレス姿が見たい――短絡的だが、そう願ってしまったんだよ」
「すみません、こっちの事情で伸び伸びになってて」
「いやいやこちらも、口を出すつもりはなかったんだ。君たちには君たちの考えもタイミングもあるだろうから――そう、思ってたんだけどね」
事情が変わってしまえば、心境だって変わる。そして変わらないものなんて、この世の中にはない…。
「こちらも出来る限りの協力はするから。結婚式を挙げて欲しい」
あんな話を聞かされて、お義父さんに頭まで下げられたら。俺のプライドなんて、こだわってる場合じゃなくって。
「わかりました」
俺は即答してた。
「最初に言ったように、千帆にはまだ言わないで欲しい。パニック起こしてそれどころじゃなくなるのは目に見えているからね」
お義父さんの意見には俺も賛成だった。
千帆はノリノリで、10代のうちに結婚したい、なんて言い出した。
あと、3ヶ月…会場決めて、招待状出して、衣装決めて、演出やら余興考えて(或いは頼んで)…間に合うのか?
けど、急いだ方がいいのはわかってたから、早速動いた。東京のホテルに勤めてるまさちゃんにアドバイス貰って、ウエディングクルーズ見学して。
予約を押さえておく段階で、トイレに行くフリをして、お義父さんのところに電話した。
「ウェディングクルーズかあ。そういえば昔、お母さんと横浜港をぐるりとめぐったことがあるよ」
「…そうなんですか」
「僕は船酔いで、予約してあった食事も殆ど食べられなかったけどね」
「えっ」
じゃ、ダメじゃん。そっか、船は苦手な人がいるのか。今更気がついて、「やめます」と言いかけた瞬間。
「千映は憶えてるのかな…」
ふいにお義母さんを名前で呼んで、お義父さんは懐かしそうな声で言う。
「千帆と君が決めたんだから、僕のことは気にしなくていいよ」
きっぱりお義父さんが言うから、仮押さえをしてもらって、内金を収めた。
『俺のためにウエディングドレス着てよ』
千帆には言ったけれど、本当に誰よりも、それを望んでるのは、俺じゃないかもしれない…。
日取りと場所が決まった時点で、学校には結婚したことと挙式のことを伝えた。
校長と教頭、それとみつきくらいしか、俺の結婚のことは知らなかったから、定例の週一の会議のあとで、「私事ですが…」と伝えると職員室の中にどよめきが起こった。
「春日って確か、一昨年の卒業生でしたね」
「遠藤先生ならよりどりみどりでしょうから」
「いや、そうですね、羨ましい」
「先を越されましたね、本田先生」
なんて年配のベテラン教師から、からかいの声も飛んでくる。
(想定内想定内。別に悪いことしてないし)
自分に言い聞かせて、HRの準備をして、逃げるように廊下に出ようとしたら、意外な声が降ってきた。
「おめでとうございます」
ぱっと顔を上げると、本田先生が立ってた。流れて一緒に職員室を出て、共に南校舎の方へと渡った。今年は俺も本田先生も3年の受け持ち。本田先生は4組、俺は5組。隣同士だった。
「あ…りがとうございます」
「6月だったら、すぐですね。挙式」
「ええ。招待状送ります」
「それは是非、列席させて貰わないと」
そんな話をしながら、階段を上がる。
「春日可愛いかったですもね。純粋に羨ましい」
「先生は…」
みつきとはどうなってるのか。気には掛かっていても、なかなか口に出して問い質すのを躊躇っていたことを聞こうとしたら、先を越された。
「本当は在学時代から出来てたでしょ。春日と先生」
「……」
「すみません、小野先生に聞いちゃいました」
舌を出してイタズラっ子みたいに笑うのはつまり、自分とみつきとの仲の良さのアピールに他ならない。
「あー、やっぱりそうなんですね」
「まだ内緒ですよ」
千帆と付き合ってた頃は、1年が果てしなく長く思えて、ずっと行き先のわからない電車に乗り続けてるみたいな、そんな気がしてたけど。
確実に時間は流れてるし、前にも進んでる。
本田先生の得意げな笑顔に、こっちまで顔が綻んだ。
夜になって、酒井から電話が来た。相変わらずのハイテンションとデカイ声で。
「ねえねえ、招待状貰っちゃったよ、春日から。俺、これ行っていいんだよねえ」
「…来てほしくない人間に、普通は招待状送らないと思うけど」
「俺、初めて貰っちゃった。なんか、オトナの階段、またひとつのぼった感じ」
勝手にいくらでものぼってろ、っての。ちなみに報告は要らないと言ったはずの木塚とのぼったオトナの階段話は嫌って程聞かされた。沈黙は金って言葉、知らねえのかな、あいつ。
「木塚と来るんだろ? 席、くっつけておくからさ」
「あー、うん。頼むよ、俺、マナーとかダメダメだから。木塚ってそう言うの頼れるし」
クラスいちばんのお調子者と毒舌のしっかり者。うまく行くのかと半信半疑だった付き合いも、もう1年近くになってる。時々家にも来るが、ふたりとも仲がいい。
「なあ、あと誰来る?」
「あと、大学と小中学校の友達が数人、って言ってたぞ」
「元3−4は?」
酒井はずばっと痛いところついてくる。
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