先生≠彼 番外編
♯6
日取りは決まった。場所も確保した。
次にやらなきゃいけないのは…。
「招待客のリストアップでしょうか…」
プランナーの担当のお姉さんに言われて、あたしとけいちゃんは顔を見合わせた。
仮押さえの時はだいたい40名くらい…ってしてたんだけど。
「けいちゃんちって家族親戚多いよね。お父さんお母さんに瑤子さん一家、亮お兄さんに、まさちゃんさんと…」
「叔父叔母。あと双方の祖父母かな。うちの親族だけで10名じゃ足りないかも。千帆のとこは?」
「うちはだって…」
家族は3人だし、お父さん側のおじいちゃんもおばあちゃんも他界しちゃったし、お母さん側はおじいちゃんは元気だけど、おばあちゃんは入院中で来てくれるかわかんない。そしてお父さん側は独身のお兄さんがいるけれど、お母さんはあたしと同じくひとり娘…。
「ええっ、うち親戚少なっ」
「純粋培養家族なんだね…」
そうなんですね。知らなかった。春日家断絶の危機だったんだね。
「あとご同僚とかお友達ですね…」
…と、ここでも、不均衡が。
「七海と酒井くんも呼んでいいよね? あと萌ちゃんと岩木先輩。あとは〜お世話になった倉木先輩は…」
「なしでしょ」
頬杖ついたまんま、けいちゃんは不機嫌にあっさりとその名を退ける。なしなんだ、そっか。未だにキャンバスで顔合わせると、ジュースとかおごってくれるんだけどな。
でもそうすると、お友達も4人かあ。
「3年4組のみんなにはまだ言ってないもんね…」
いきなりあたしとけいちゃんの連名で招待状なんて出したら、腰抜かされちゃう。
「けいちゃんは? 学校の先生方…」
「俺はこの機会に結婚したこと言うつもりだから…校長先生と教頭と本田先生と…」
ピクンピクン、そっちの名前が出ると、つい思い出しちゃう人がいる。
「小野先生は呼ばないよねっ!?」
「よ、呼ばないよ…?」
「なんで、疑問符つけんの?」
「千帆こわっ」
なんか担当のお姉さんの肩が心なしか揺れてるような…笑い、こらえてる?
あとで聞いたら、この列席者選びって、結婚式準備の最初の高きハードルなんだって。
結局新郎側と新婦側。3対1くらいで、新郎側の方が列席者が多くて、バランス悪くなっちゃった。
招待状は自分たちで(と言うかけいちゃんが)作った。郵便局でわざわざ結婚式用のおめでたい感じの切手を貼ってポストに投函する段になると、いよいよ後戻り出来ないって思えて、緊張した。
でも衣装選びに席次決めやお料理、BGMや余興のこと。まだまだ決めることは盛りだくさん…。
(うわあ、こんなの初めて…)
試着室の中の大きな鏡に、映された自分の姿は、いつもと全く別人。面映ゆくて照れくさい。
でも、嬉しい。けいちゃんのために――好きな人のために着るウェディングドレス。
「思った通りよくお似合いですね」
跪いてあたしのドレスの裾を直してから、衣装係の女の人はにっこりと微笑んでくれた。お世辞と社交辞令が半分、ってわかってても、ちょっと嬉しい。
「早く旦那様に見せてあげないと、ですね…」
「けいちゃん、衣装決まったのかな」
レンタルドレスの店の男性用のフォーマルウェアのブースを見て。
「えっ、紳士ものってこれしかないんですか…?」って絶句してたけど。そしてその割にノリノリで選んでたけど。
「積極的な新郎さんで珍しいですね」
と紳士衣装の担当の男の人が苦笑いしてた。大半の男の人は「俺は何でもいいよ」って消極的で、女の人が新郎の衣装に口出すのが多いらしい。
いやあ、ナルなんで…とは勿論言えず、あたしも曖昧に笑った。
時間がかかりそうだから、けいちゃんは新郎のブースに置き去りにして、あたしはあたしで自分のドレスを探しにウェディングドレスがびっしり並んでる部屋に入った。
「うわあ…っ」
壁一面に白いドレスが掛かってる光景は、壮観で、あたしは思わず声をあげた。
ど、どれにしよ。全く選べない。途方に暮れてたら、松本さんて衣装担当の女性が、最近流行りの当店いちばん人気のドレスを出してきてくれた。
ビスチェタイプで、肩は丸出しできゅっと締まった腰に白いリボンが結ばれて、レースのスカートが床まで伸びる。かなり大人びたデザイン。
(けいちゃん、どんな顔するかな、なんて言ってくれるかな…)
「新郎様も着替えてお待ちですよ」
わあ、そうなんだ。自分の姿を見てもらうのも楽しみだけど、けいちゃんの正装も楽しみ過ぎる。
ゆっくりと試着室の扉が開く。
お互いの姿を認め合って、あたし達は同時に声をあげた。
「わあ…っ」
けいちゃんのカッコは、グレーのタキシードに中はブルーのベスト、同色のネクタイ。タキシードって白一色か或いは、名探偵小学生しかイメージなかったあたしには、かなり斬新なデザインとカラー。
でも、きっちりスマートに着こなしてるけいちゃんに、ここが人前だってことも忘れて。
「けいちゃん、カッコいいぃぃぃぃぃぃっ」
そう叫んでた。もともと端正な顔立ちだから、こういうフォーマルな衣装だと、イケメン度150%くらいアップ。も、あたしの目少女マンガ並みにハートになってるかも。
「惚れ直しちゃう?」
「うんうん、しちゃうしちゃう」
はっ、しまった。けいちゃんしか視界に入ってなかったあたしは恐る恐る背後を振り返る。
ここのスタッフの女の人が、困ったように俯いてた。す、すみません。あー、スマホ欲し〜。
「千帆も可愛いよ」
甘ったるい笑顔で、甘ったるい台詞をけいちゃんは吐いてから。
「でも、どうせならもうちょっと可愛らしい雰囲気のドレスの方が俺は好きかも」
「やっぱりこれ、大人びてる? いちばん人気なんだって」
胸元も大きく開いてるし、ドレスの裾はマーメイドだし。こういうのって、もっとボンキュッボン!のお姉さんが着た方が似合う気がする。ハタチになろうとしてるのに、未だBカップのあたし…。
「いや、綺麗だと思うけど。ハタチって若い花嫁なんだからさ、もっとお姫様みたいな方が可愛くない?」
「けいちゃんの発言、ロリ全開…」
「千帆。公衆の面前で夫をロリ扱いはやめようね」
「でしたら、こういったのは…」
と衣装さんが胸元に大きなリボンがついて、ふわっとスカートの広がったドレスを出してきてくれる。
あたしの胸元にそれを合わせてくれるのを、けいちゃんは口元に手を当てて、じいっと見つめる。
「あ。イメージはそんな感じです。けどなあ、袖がなあ…」
「お袖ですか」
「ノースリーブより、オフショルダーとかバブスリーブのが千帆は似合いそう…。この中のドレスだったら、どれでもいいんですよね」
「ええ」
「じゃあ、僕が探します」
「へ?」
とあっけに取られてるお姉さんに、あたしは一旦着てきた自分の普段着に着替えたいとお願いして、けいちゃんと一緒に探す。
「これ、可愛くない?」
「え、太って見える〜。さっきの方がいい」
「さっきのはフロントごちゃごちゃしすぎてない?」
なかなか意見の一致は難しい。
恐らく百着以上はあったドレスの中から、10着位をピックアップして、実際に5着以上を試着。その全てのバストショット、正面、後ろ姿を持ってたタブレットで写真に収め、ラインでうちのお母さんにまでリアルタイムで相談。
別のお店にも足を運び、また最初のお店に戻ってきて。
「うん、これがいちばん可愛い」
ふたり納得の1枚を見つけた時には、も、へとへとだった。結構疲れるんだよ、試着。
お昼過ぎに入ったレンタルドレスのお店をあたし達が出た時には、既に空は真っ暗になっってた。
「遅くなっちゃったね。ご飯食べて帰ろうか?」
「…あたし、その元気もないかも」
「あはは、ぐったりしてる」
助手席のシートに深く身体を沈めたあたしの姿に、けいちゃんはぷって笑う。
「じゃ夜は俺が作るよ」
「わーい。けいちゃんの料理久しぶり」
「ああ…そうだね。家にあるの使っていいの? 何がある? 買い物していった方がいいかな」
「ん〜、玉ねぎとかじゃがいもとか大根とか、そういうお野菜とあと鶏肉くらいしかないかも〜」
「そんだけあれば何とかする」
招待状の返事が幾つか戻ってきてた。まさちゃんさんや七海のもあった。ふたりとも出席、に大きく丸がついていて、させて頂きます、ってボールペン字が添えられてる。
七海、今年最上学年で忙しいって言ってたのに、まさちゃんさんだって、シフト勤務で、増して土日は忙しいはずなのに。来てくれるんだ。
有り合わせの材料で、けいちゃんは親子丼とお味噌汁、浅漬を作ってくれた。
「けいちゃん、あたし、幸せ〜」
一口食べて、あたしが言うと、けいちゃんも嬉しそうに顔を綻ばせた。幸せの絶頂、って今みたいなこと、言うのかな。ね。けいちゃん
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