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先生≠彼 番外編
♯5


「ウエディングクルーズ? ってつまり船の上での結婚式ってこと?」

お母さんはあたしの持ってきたパンフレットを見て、目をぱちくりさせた。意外だったらしい。


「うん。例えば大桟橋を出て、ベイブリッジの下を通るタイミングでデッキで結婚式、なんてのも出来るんだって。で、披露宴は中のレストランとか」
「最近は変わった結婚式、多いのねえ…」

とお母さんはほうっと溜息をつく。


実はこれ、あたしやけいちゃんのアイデアではないんだけど。


『人気のホテルや式場なら、まず空いてないよ。直近3ヶ月の土日なんて。増して6月――だろ?』

お前って昔から計画性ゼロだよなあ。と、まさちゃんさんは思いっきり呆れてたらしい。う、すみません。ホントに計画性ゼロなのは、あたしの方です…。


「やっぱり? けど、授かり婚だなんだで、急いで挙式するケースも増えてるだろ? なんか穴場みたいの、まさちゃん知らない?」

まさちゃんさんの叱責は軽く受け流しつつ、けいちゃんは食い下がって、それで教えてもらったのだ。

横浜港から出てる豪華客船の中で、結婚式が出来るプランがある、って。


急いでホームページをチェックしたら、平日限定で行われてるブライダルフェアがあって、すぐさま予約→参加。

デッキだけでなく、船内には教会もあるし、レストランも完備。親族控室もあるし、衣装やメイクは、提携のドレスショップや美容院にお願い出来る。船の上でも、ホテル並にそういうケアはばっちりで、しかもロケーションは抜群。

寧ろテンション上がってたのは、けいちゃんの方だった。


「うわあ、千帆、ランドマークも赤レンガ倉庫も見えるよ。あ、こっちは山下公園。海風、気持ちいーね」
「…けいちゃん、海好きなんだね…」

結婚して1年。まだまだ知らないけいちゃんの顔ってあるみたい。


「…海なし県出身だから、海見るとテンション上がっちゃうんだよね…あっ、富士山も見えた」

デッキの上の視界は360度。しかも日本屈指の湾岸風景が、クルーズ中ずっと広がってる。


6月の土日にはまだ空きがあるってことで、あたし達はそのまま、あたしの誕生日の直前の日曜日を仮押さえしてもらったのだ。


「この日なんだけど、お父さんお母さんの都合とか…どうかな」

パンフレットと一緒にカレンダーを提示すると、お母さんの表情は少し曇った。


「あれ、都合悪い…?」

別の日に変更って出来たかな。お母さんの顔色を見て、あたしは規約を読もうとする。でも、お母さんはパンフレットに伸ばしたあたしの手を制した。


「都合が悪いとかじゃないのよ、千帆」
「じゃあ、何?」
「貴女の生まれた日も土砂降りの雨で、お父さんがずぶ濡れになりながら、病院に駆けつけてきてくれたの、お母さん憶えてるんだけど」
「あっ」

6月、ジューンブライドと言えば、聞こえはいいけれど、日本列島梅雨のまっただ中。お母さんの心配ももっともかもしれない。

修学旅行のさなかにあった誕生日。雨の中で指輪探したこと思い出しちゃった。


「お天気…かあ。雨降ったら、デッキじゃなくて中の施設に変更は出来るみたいなんだけど」
「雨くらいならいいけど、時化て海に出られない場合とか、出れたとしても船酔い大丈夫? お父さん、割りと船弱いのよねえ…」
「えっ、そうなの?」

あたしの名前「千帆」なのに、船ダメなんか〜い。


うーん、せっかくいいと思ったのにな。


「もちろん貴女達の結婚式なんだから、貴女達の好きなようにやっていいんだけれど、ゲスト側のことやイレギュラーな事態のことも、ちゃんと考えて決めないと…」
「そっか…」

持ち帰ってけいちゃんと、もう一回応相談、かな。お天気かあ。確かに雨が降ったら、あのプランは台無し。


「まあまあ、お母さん、いいじゃないか」

いつ帰って来たのか、リビングのドアのところにお父さんが立ってた。


「お父さんっ」
「あら、あなたお帰りなさい」
「昼間、慧史くんからも電話貰ってね、こういう形でやりたいけれど、いいですか?って聞かれたよ」
「あら、いつの間に。男同士で対談済でした?」

お母さんが拗ねた風に言うと、お父さんは目線を逸らすように、パンフレットをぱらぱらとめくる。


「ま、まあ、変わった形式の挙式だから、こちらの意向も聞いておきたかったんだろう。向こうは異存ないようだ」

…もしかしてけいちゃん一家みんな『海を見るとテンション上がっちゃう』系だったりするのかな。


「でもお父さん船苦手なんでしょ?」
「…苦手だけど、好きだからなあ」
「必ず遊覧船とか観光船乗りたがりますもんね。絶対、頭ふらつくっておっしゃるのに」
「海からしか見えない景色もあるからねえ」

確かに。いつも見てるみなとみらいの景色が、陸から離れた途端、全く印象が違って見えたもん。


「雨が降ったくらいで、後悔するくらいならやめたほうがいいと思うけれど、千帆も慧史くんもこれがいい、と決めたんだったら、お父さんは反対しないよ」

お父さんの言葉にお母さんは苦笑いする。


「あなたは千帆に甘いから…」
「いいじゃないか。お前だって、千帆のウエディングドレス見たいって言ってただろう?」
「言いましたけど…」


時間ないんだから、これから大変よ。お母さんのアドバイスを「はいはい」と受け取って、あたしは家に戻った。


けいちゃんとの結婚式。ウエディングクルーズ。船上パーティ。

華やかな文句ばっかりに気を取られて、けいちゃんやお父さんお母さんがどんな気持ちでいるかなんて、全く知らずに浮かれてた――そう、船から見た景色が陸からのそれと別物みたいに。



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