愛の誓いもそこそこに ♯8 ――とは言うものの。 苦手なんだよね、貴金属屋さん。 僕は、仕事の昼休みに、以前にピアスを買ったお店に入った。 (どんなの買えばいいんだろ…) きらきらした店内は目も眩むばかりのジュエリーばっかりで。 正直。 何をどう選んでいいかも、惑うばかり。 誕生日に贈った、ルビーのピアス…。 ありこさんに合ってるよな。 うん、あんな感じの紅い石が入った奴がいい。 ひとつだけ決まったイメージを胸に、指輪のコーナーを見回すと。 僕の目に留まったものがあった それは、ホントにシンプルな輪っかの中央に、紅い石が載せられただけ。 でも、ごてごてした飾りがない分、真ん中の石が鮮やかで。 不思議と惹き付けられた。 いくらすんだろ。 そう思って、値札をこっそり見てみると。 ピアスの時より1個◯が多い…。 よく給料の3ヵ月分とか言いますがっ。 勿論、それには及ばないけど。 値段と指輪の輝きに、目がくらくらしてくる。 これで、ありこさんが気に入らなかったら、元も子もないし。 元町とか横浜辺りを、一緒に見に行った方がいいのかなあ。 サプライズを取るか、一生ものだから、ありこさんの気に入ったものを贈るか。 その指輪のショーケースに、両手を張り付かせて、じっと考え込んでいたら。 高い声のセールストークが入った。 「そちら、スリランカ産のコランダムから作られたルビーで、インクルージョンも少なくて、本当に発色も綺麗ですよね。 台はプラチナなんですけど、スタイリッシュなデザインのリングに、上に乗ってる石が映えて、すっごく綺麗です。石の下のアームは細くしてあるので、とってもつけやすいですよ」 ……て、店員さん。 買わせるつもりがあるなら、もう少し丁寧でわかりやすい商品説明プリーズっ。 それとも、冷やかし撃退法? 思わず振り返ると。 「あっ」 同時に声が出て、固まった。 見覚えのある店員さんは、多分僕が、ピアス買った時と同じ人…? 「以前にもここで、お買い上げ頂きましたよね」 わ、忘れていいよ。 「え、ええ、確か…」 僕は曖昧な笑みを浮かべながら、半歩引いた。 「あの時お買い上げ頂いたルビーのピアス、誕生日プレゼント…っておっしゃってましたよね。 今ご覧になってるのは、誕生石の指輪…ということは、エンゲージリングですか?」 うわ、前回買った品までインプットされてる。 と、とっても確かな記憶力をお持ちで…。 気恥ずかしさに耐えかねた僕は。 「ま、また来ますっ」 店を飛び出した。 家に帰ってから、ネットとかで、エンゲージリングを調べてみる。 勿論材質もデザインも値段も様々。 通販でエンゲージリングを買うつもりなんてないけど。 アームの形や石を乗っける台の種類、素材のことが詳しく書かれてて、そこは勉強になった。 (ふーん。インクルージョンって、傷や石の中の内包物のことなんだ…) 指輪を買う決心がつかないまんま1週間。 店で台車を引きながら、売場を歩いていたら、呼び止められる。 「すいませーん。果物の缶詰って何処にありますか」 はいはい、果物の缶詰ね。6番通路の真ん中の棚。 僕は立ち止まって、そう答えるために、お客さんを振り返って、思わず叫んでしまう。 「あっ」 立場逆転。 そこにいたのは、この間の、アクセサリーショップのお姉さんだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |