愛の誓いもそこそこに #4 「僕の祖父を、相沢さんが知ってるとは思わなかった」 神野さんはそう言って、僕たちの前のテーブル席に腰掛けた。 僕たちと、少し離れたところに座るあのおじいちゃん以外は、誰もいないがらんとしたホール。 「いや、知ってるってほどでは…」 さっきの鋭い言葉を思い出して僕は口ごもってから、はっとなる。 「祖父って、おじいさん? え、だって神父さんでは」 「ああ、キリスト教と言っても流派いろいろで、妻帯オッケーのところもあるんですよ」 僕の疑問に神野さんは、爽やかに答える。 そうなんだ。寛容だったり厳格だったり、神様もいろいろあるって、ことね。 「でも、何で相沢さんが祖父の職業まで」 「えっと」 「さっき、結婚式をさせてくれって、頼みにきたんだよ、その子は」 僕の代わりに、シンプルなトマトソースのスパゲティを食べながら、おじいちゃんは神野さんの疑問に答えた。 「それは。おめでとうございます」 神野さんの顔がほころぶ。 あ、いや、何ひとつ決まってなくて、ちっともおめでたくないんですけどね。 「なーなー、穂積。それなら、頼みやすくない?」 今まで黙ってたありこさんが、僕に発破をかけるように腕を揺すった。 「頼み?」 神野さんが不思議そうな顔をする。 「な、なんか付け込むみたいで」 「何、言ってんの。人脈は使わなきゃソンだろ」 あー、まさしく営業マンの心意気。 頼もしい台詞をありこさんは僕に、言ってから。 「つまりですね。そちらのおじい様の教会で、式を挙げて、このレストランで披露パーティーをしたいんです、アタシたち」 神父のおじいちゃんの厳しい視線も、神野さんの戸惑った表情も、全く省みることなく、ありこさんは僕たちだけの要求を鮮やかに宣言した。 これで、ダメなら、僕たちどうしよ…。 「面白そうですね」 店内に流れたしばしの沈黙を破って。顎に手を置いて、神野さんはふむふむと頷く。 「でっしょー。ロケーションもいい、料理も美味しい、絶対ウェディングパーティにバッチリだと思うんです」 ちょっと、ありこさん。商談してるんじゃなくて。僕たちふたりの極めて個人的な相談、してるんじゃないの? 「面白い人だなあ」 もう、そうとしか、表現できないですよね。ありこさんの暴走。 「誠人、そのふたりは信者じゃないんだぞ」 食べ終えたスパゲティの皿を、テーブルの奥に押しやって、おじいちゃんは腕組みして、右の太腿に左足を載せた。 なにかで聞いたことあるけど。腕を組むのって、相手を拒絶する心理の表れなんだって。 簡単には覆りそうもない、おじいちゃんの信念に、神野さんは飽くまでやんわりと言う。 「でも、今までだって、信者の方のツテがあれば、行ってきたじゃないですか」 「そりゃそうだが…ツテなんて」 まだ苦虫噛み潰した顔の、おじいちゃんの眼前で、神野さんは人差し指で自分を指す。 「僕がなれば、いいんじゃないですか?」 「えっ」 神野さんの言葉は、過剰な好意の気がして、僕は驚きに思わず、立ち上がった。 「いいですよね、おじいちゃん」 「ちゃんと、式前の講習を受けてくれればな」 不本意そうな声と表情で、おじいちゃんは言った。 講習て…そんなのあるのか。 でも、とりあえず一歩前進? テーブルの下で、僕とありこさんはこっそり小さくガッツポーズを作って、それをかち合わせた。 「じゃあ、教会式の方は大丈夫。それで、披露パーティーにこの会場を使いたい、ってことなんですが」 「あ、はい」 「幾つか問題、ないわけじゃないんですよね…」 神野さんは、申し訳なさそうに、しきりに首に手を当てて、唸るように言った。 一歩進んで、また戻る…? 「問題って…?」 僕とありこさんの声が被る。僕たちはよっぽど、緊張感漂わしていたのか。 「あ、そんな。構えないでください。僕に出来ることなら、出来る限りの協力はしたい、って思ってますから」 神野さんは、にこっと笑って、続きを話し始めた。 「えっと、まず。このレストランで結婚式なんて、やったことないんで、僕自身ノウハウもないし、衣装だとか写真だとか。連携できるような取引先がないんです。花屋さんくらいなら…なんとかなるけど」 「ああ」 そか。披露宴って、会場あって、料理あって、それでいいってものじゃないのか。 音響とか照明、会場の装飾、花嫁の介添え、カメラマン…そういった手配を全部自分たちでやらなきゃいけない? ま、ごくごくシンプルにやるつもりでも。 必要最低限、必要な人やものはあるよね。 「その辺は、今ネットでも探せるし、自分たちで何とかしてみます」 ありこさんはあっさり、言ってくれるけど。絶対僕がやる羽目になると思う。 「あと…ウエディングケーキって、どうします?」 「ファーストバイトやりたいっ」 いや、ありこさん。多分、神野さんが聞いてるのって、そういうことじゃ、ない…。 「えっと、それって…」 僕が突っ込むと、神野さんは、恥ずかしながら…と、前置きした上で。 「いや、お店のドルチェ、僕が作ってるんじゃなくて。信頼できるケーキ屋さんに委託して、お店で少し手を加えて出してるものなので…。流石に、ケーキまでは手が回らなくて」 ぽりぽり耳の後ろを掻きながら説明を加えてくれた。 「あっ、もちろんそこに依頼すれば、作ってくれると思うんですけど…」 「ケーキ?」 またしても、僕たちの声が重なった。…考えてること、きっと同じだな。 [*前へ][次へ#] [戻る] |