愛の誓いもそこそこに ♯8 「わざわざ秋津さんのこと確かめに来るなんて、意外に可愛いんですね、笠原さん」 むかつくっ。 このアタシが。 年下の女の子に、行動全部読まれた挙句、手の内で転がされるなんて…っ。 穂積、全部アンタのせいだかんねっ。 あー、もう腹立つ。 アタシは足を組むと、太腿の上で頬杖ついて、不機嫌な態度を露にして、ギロッと彼女を睨んだ。 でも、桂木さんは、アタシの視線になんか怯みもしない。 「秋津さんのことだったら、心配いらないですよ、って言ってあげようかと思って」 ほら、上から目線だし。 「あたしも日下部さんも意味がわかんない、って思ったくらい、あの電話理不尽だし、言いがかり以外の何物でもなかったですから」 「そうなんだ」 穂積が言ってた、『僕にもわけがわからなくて』って、逃げ口上じゃ、なかったのね。 「でも、それだけに気をつけた方がいいかな。秋津さんの旦那さん、癖があるし。穂積くん、優しいから」 彼女が切った言葉の続きは、わかる。 また、いらないことして、誤解を招きかねない。そう言いたいんだろうな。 「アタシを安心させたいのか、不安に陥れたいのかどっちだよ」 「どっちでもないです。あたしは、状況と情報を笠原さんにお伝えしてるだけですから」 桂木さんはしれっと言った。 要するに。 彼女が心配してるのは、アタシじゃなくて、穂積だってことか。 だけど。 「あり…」 悔しいけれど、お礼を言おうとしたその声を、桂木さんは遮った。 「だから、あたしにお礼なんて要りませんよ」 立ち上がると、桂木さんはあたしの座った正面に立つ。 外灯が後ろから照らす彼女は、ちょっと勝気に唇の両端を上げてあたしを見る。 「穂積くんにもう一度、言っておいてください。好きでもない人に、優しくしちゃダメ、って」 もう一度、ってことは、過去に、この娘は、穂積に同じことを言ってる、ってことよね。 その『好きでもない人』が、誰を指すのか、どんな想いで、彼女がその言葉を言ったのか。 想像すると、なんだかちょっと胸が痛んだ。 「何で…」 何で、そんなことをアタシに言うの? 何で、穂積に拘るの? 見た目だって可愛い。頭の回転も早い。 他に幾らだって、男寄ってきそうなのに。 秋津さんなんかより、やっぱりこの娘の方が、アタシには気になる。 最後まで、言えなかった疑問なのに。 「穂積くんは、友達だから」 桂木さんは、まるで自分に言い聞かすみたいに、そう答えた。 「ホントに?」 「あたし、完膚なきまでに振られてますから」 穂積が? 貴女を? 断ち切った、ってこと? 想像、つかない。どんな言葉で、どんな態度で。 穂積はそれを告げて、彼女はどう受け止めたんだろ。 「お茶、ご馳走様です」 一口だけ飲んだペットボトルを、口の部分を持って振ると、それが別れの挨拶代わりだったのか。 桂木さんは夕闇に消えていく。 アタシは、何も言えずに、手を振り返すのがやっとだった。 「……」 うわ、畜生、やっぱり、むかつく。 アタシ、スポーツやらないけど。 試合に勝って勝負に負ける、ってこんな気分かも。 完敗。圧倒的な敗北感。 家に帰ると。 穂積はパソコンのモニター画面を睨んでて。 その周囲には、旅行のカタログや雑誌が散乱してた。 「遅かったね」 と言いながらしてくれる「お帰り」のキスが、ちょっと苦い。 「うん、寄り道してた」 アタシは、明るいベージュのコートを、ハンガーに掛けながら答える。 「何処に?」 「内緒。ねえ、これ黒川温泉の?」 「うん。そろそろ予約取ったほうがいいかな、って」 幾つかあるカタログは全部、九州や熊本のもの。 両家の顔合わせ、かあ。 アタシと穂積が結婚するのに、どうして、家族まで巻き込むんだろ。 全然乗り気そうに見えなかったのに、きちんと調べる律儀なとこ、ホント穂積っぽい。。 「何でウェブで予約するのに、宿泊カタログまで貰ってきたの?」 「だって、写真の解像度が…」 サイトとパンフの写真を見比べながら、真面目に穂積が言うのが、可笑しくて吹き出した。 「あはは。すんげーマジになってる」 「どうせっ、行くなら、ハズレの宿引きたくないでしょ」 「クチコミとかも全部読んでそーっ」 「読みましたよ、ってか、読まないで何のためのクチコミなの」 あー、普通読むものなんだ。アタシ、直感派だから、他人の評価は気にしない。 でも、かーわいいなあ。ホント、可愛い。 向きになって、パンフ丸めて立ち上がった穂積に、そっと口づけた。 「ありこさん?」 穂積はアタシの唐突な行為に、きょとんとしたカオになる。 そんな穂積の訝しげな視線は無視して。 アタシは穂積の腰に腕を回して、肩に顔を埋めて首を振る。 容易に腕が回せる細い腰も、骨ばった肩も。 知らないことなんて、ないくらい、全部アタシのものだって、思いたいのに。 「何か…あった?」 アタシは黙って首を振った。 不安になるのは、アタシの弱さで。 穂積のせいじゃ、ない…。 [*前へ] [戻る] |