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愛の誓いもそこそこに
♯5


いつもは整然としてる槇の部屋の片隅に、ダンボールが幾つも積まれてる。

「散らかっててごめんねー。はい」

謝罪と共に渡されたコーヒーの匂いが立ち込めるマグを受け取って。

アタシは遠慮なく、ラグの上に座り込んだ。

「引越しの準備?」
「うん、式はも少し先だけど、4月に入ったら、敦司と暮らそうと思って」
「おお、ついにっ」
「んー」

学生時代からの恋が実るって、言うのに、槇の表情は楽しそうでも、嬉しそうでも、ない。
割とクールで、こういう時堂々と惚気るタイプでもないけど、照れ隠しというのとも違う気がして。

「どしたの」

アタシは、軽く聞いてみる。

景気づけなのか、コーヒーを一口飲んでから、槇は気まずそうに切り出した。

「昨日さあ、ちょっと敦司とケンカしちゃって」
「めずらし」
「うん、初めてかも。泣くほど言い合いしたの」
「…深刻?」
「傍目には、そうでもないかもだけど。当人たちには」

アタシは手持ちのカップをじっと見つめた。コーヒーって気分じゃないな。

「酒のが良くない?」
「まだ明るいのに?」
「少し酔ってた方が、話しやすいし、聞きやすいって」
「アンタってホント…いい性格」


日曜の昼間から、酒とつまみを大量に買い込む、女ふたりの図が、コンビニのバイトの兄ちゃんにどう映るか――そんなこといちいち気にしてたら女なんて、やってられない。

槇が昨日の経緯を話し始めたのは、ふたりとも2缶目のビールを飲み始めた頃だった。



「昨日、うちの親と敦司で、一緒にご飯食べたんだけどさ、その席で。今になって、うちの親が言い出すわけよ。打ち掛けは着ないのか、って」
「結婚式で?」
「そう、式でっ。もうドレスの予約もして、ヘアメイクのリハもして、ブーケだって、ドレスに合わせて注文してるのに、だよ?」

うーん。イチから、全部やり直しか。

「もう、母親って、何でああやって、後先考えないで、その場でぱっと思いついたこと、全部口に出しちゃうんだろうね。無理に決まってるじゃん、って私が言うより早く敦司が言っちゃったんだよね。考えてみますって」

あー、何となく、構図が、わかって、きたかも…。
どんどん熱を帯びてくる槇の言葉を、アタシはビール片手に聞いていた。
お昼ごはん代わりの酒って、オツな感じ。


「敦司は、うちの親にいい顔したいだけなんだよね」
「まあ、それは無理もないんじゃ…」

もしかして。
穂積のお母さんが言ってた、金も出さないけど、口出しもしない、って。
何気にありがたい申し出だったのかもしれない…。スポンサー様には、逆らえないもんね。

しかも、相手の親。気を使ってNOと言えなかった、あっちゃんの立場と気持ちもわかる。


「まあ、あっちゃんは角が立たないようにさあ…」
「でも、安請け合いして欲しくもないわけ。いちいち口出ししてくる、うちの親もうざいし、それを全部真に受ける敦司にもイラつくし。あー、もう結婚式なんて挙げるのやめようかな」

槇らしからぬやけっぱちの発言。
いつもと立場が違う会話が、なんだかくすぐったくて、槇が可愛く見える。


「それこそ、今になって――じゃない?」

アタシがにやりと笑うと、槇は大きく息を吐き出した。

「だよ、ね」
「槇ちゃん、マリッジブルーなの?」
「そんなことはっ」

勢いよく否定しかけて、槇は少し目を泳がせた。

「あるのかな…。も、引越しの準備とか、式場からも何日までに招待客のリストくれだの、最終的な料理のメニュー決めろとか、いろいろ言われてるし」

うーん、式の準備って想像以上に大変そう。
真面目なだけに、槇ってそういうの、溜め込んじゃいそうだもんなあ。


「ほら、そういう時はぐいっと飲んで、ストレス発散」
「私は、あんたと違うんだけど」

そう言いながら、ビール煽ってるくせに。
アタシよりペース早いよ、今日の槇。


「あんた達のとこは、どうなのよ。いつ頃、式挙げるの?」

完全に据わった目で、槇は話題をこっちに振ってきた。

「式はわからないけど…」

脳裏に大好きな声が甦る。

『入籍するならこの日がいい』

柔らかい、だけど、アタシに否は言わせない静かな迫力で、穂積は言ってくれたこと。
あ、やばい。思い出すとなんだかにやけちゃう。


「入籍は7月4日にしよう、って穂積が…」

照れくさいから、アタシがなるべく感情を籠めないで告げた日付に。
槇の瞳が大きく見開いた。

「うわ、それめちゃくちゃ穂積くんらしーいっ」

ですね、アタシもそう思った。
好きでたまらなかった人との、決別の日、そしてアタシの誕生日。
アタシの過去まで抱え込もうとする穂積は、アタシが思ってるより、ずっとオトナなのかもしれない。


「ありこー」
「ん?」

いつにないほんわかした声で、名を呼ばれて、槇の方を見たら。
槇は、眼鏡が涙で濡れて、前が見えない程、号泣してて。


「な、なに?」

ほろ酔い気分が、一気に醒めるくらい、驚いた。な、泣き上戸?


「あー、もう、いろいろ思い出したら、泣けてきちゃったよ。良かったね、良かったね、ありこ」

フレームを片手に、槇はアタシの肩にしがみついて。とめどなく溢れる涙を、アタシのカーディガンに吸わせながら、何度も同じ言葉を繰り返す。

「槇が泣くことじゃ…」
「いーのっ、ここに敦司がいたら、あのばかもきっと、泣いてるよ」

あーうん、絶対泣いてる。槇と、あっちゃんには、散々迷惑掛けて、心配させて、アタシのことで、泣いたり怒ったりさせてきたから。


「ありがと、槇」、

アタシは槇のやせっぽっちの背中に手を回して、ポンポンと叩いた。


「ねえ、槇」
「ん?」
「結婚式のブーケ、アタシにちょうだい」

アタシが言うと、さっきまで泣いてた槇がぶっと吹き出した。
しんみりしたムード、ぶち壊した?

まだ涙の残る瞳を、槇はぐいとこすって、眼鏡を掛けなおす。

いつもの槇の冷静な顔に戻ってから。


「いいよ、ってか、最初からあんたにあげるつもりだったし」

槇はいともあっさり、OKの返事をくれた。


「わーい。ねえねえ、どんなのにした?」
「え、それは当日までのお楽しみ」

女ふたりのマリッジトークに花を咲かせ始めた時、槇のアパートのチャイムが鳴った。





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