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愛の誓いもそこそこに
♯5


次の日の朝、僕は立ちこめるお線香のにおいで、目を覚ました。

その香りと共に、ちんと鐘の音がした。
僕の使わせてもらってる客間の奥が、襖続きで、仏間になっていて、そっと襖を開けて、中を覗くと、お母さんの遺影に向かって、手を合わせているお義父さんの背中が見えた。

花も、また昨日とは変わってる。

(毎朝の、日課なのかな…)

3分くらいお義父さんは、何かを語り掛けるように、じっと仏壇と向き合っていて、やがて立ち上がった際に、僕と目が合った。

「何だ、君は」

僕の存在に少し慌てたような声で言う。

「もう起きてたのか」
「はい…」

大分短くなったお線香を見ながら聞いた。


「僕も…手向けていいですか?」

返事の代わりにお父さんは、仏壇の正面から身体をのけてくれた。僕はお父さんみたいにお母さんに語り掛ける言葉も少ないから、手を合わせていたのも、ほんの束の間。だけど、目を開けた時には、お父さんの姿は仏間から消えていた。


夜の早い分だけ、笠原家は朝も早くて。

着替えて台所に行くと、もう朝食の準備が出来ていた。

お父さんと一真さんは、それを食べると、早々に出勤して、その後に逸樹さんとありこさんが起きてきた。


「あれ、穂積はえーな、昨夜遅かったのに。眠れなかった?」

ありこさんは欠伸をしながら、聞いてくる。


「ううん、そんなことないよ」

おはようのキスも出来ないこの状況は、ちょっともどかしくて不自由に思ったりはするけど。


食事を終えると逸樹さんは、僕とありこさんに聞いてきた。

「なあ、海と山、どっちがいい?」
「海ー」

間髪入れずに、ありこさんが答えて、逸樹さんは満足そうに微笑む。


「おーし、わかった、じゃあ20分後出発な」
「え…?」

僕がきょとんとすると。


「だって、ここいても、つまんないだろ? せっかく来たんだから、観光しないと。熊本、いいとこだし」
「そうだよ、穂積。親父いないんだから、何にも出来ないし。遊び行こうぜ」

ふたりして畳掛けるように言ってくる
正直、遊びに来たわけじゃないんだからと、躊躇いつつも、このふたりの勢いを、僕が止められるわけもなく、僕とありこさんは、支度をして庭に出た。


外に停めてあった黄色いワーゲン。逸樹さんはドアを開けると、さっさと運転席に乗り込んだ。真ん丸いライトに、子どもが書いた絵みたいな単純なフォルムの車は、逸樹さんのイメージにぴったり。

「もひとり乗せるから、ありこも後ろな。リア狭くて悪いけど」

逸樹さんは、そう言って、僕とありこさんを乗せて、丸っこい車体を走らせ始めた。10分も走ると、逸樹さんはある和菓子やさんで、車を停めた。


「ちょっと待っててな」

車を降りると、店の裏手に小走りに向かう。お菓子を買ってくる…わけじゃなさそうだなあ。
僕が不思議そうに、彼の去った行方を窓から見てると、ありこさんが僕の腕をつついた。


「面白いもん見れるぜ」

面白い、もの…?



5分くらいして、逸樹さんは戻ってきた。女の子の手をひいて。逸樹さんは、僕より細っこい身体つきの男の人なんだけど、彼が連れてたのは、ちょっとふっくらした、真ん丸いカオの女の人。


「望月夜映やえって、言うんだ」

簡単に説明して、夜映さんと車に乗り込んだ。


「和菓子みたいな名前で面白いだろ。って、そこの和菓子屋の娘なんだ」

和菓子っていうか…、漢詩みたいだけど。返り点打ちたくなる。打てないけど。


「あ、言わずもがなだけど、俺の彼女。惚れないでね、穂積くん」
「惚れるわけないやろ〜。ありこちゃんの彼氏さんなのに。はじめまして、よろしくね、穂積くん」

助手席から振り向いた笑顔は、確かにまん丸で、お月様みたいだった。

「だって、夜映は可愛いから」
「何言ってるの、いっくん」
「そうだよ、逸樹。穂積が、アタシ以外の女見るわけないだろっ」

車内で繰り広げられる不毛というか、踏み絵みたいな会話。

夜映さんは、丸い輪郭に、下がり眉のくりくりした目。美人っていうより、愛嬌のある顔で…、ありこさんは眉も眸も鋭い美人さんで…大体、彼女の兄の彼女と、自分の彼女、比べるようなコメント出来るかっ。

何だか熊本に来てから、僕の口数減った気がします。

「まだ逸樹と付き合ってるんだなあ。知ってる?穂積、付き合って10年だぜ、このふたり」
「じゅ、じゅう…」

想像を絶する長い期間に、僕は思わず絶句した。


「俺の店、そこなんだけど」

と、車を出しながら、逸樹さんが指差したのは、まさに夜映さんが出てきた店の隣。

「高校卒業して、そこの店で働き出したんだけど。いっつも、開店前に、店の前掃除してる女の子が気になって気になって。毎日、和菓子買いに行くから、先輩に、お前はケーキじゃなくて、饅頭作りに行ったらどうだ、なんてからかわれる始末で。やっと付き合い出したはいいけど。俺ら、ロミジュリなんだよなあ」

ぐすっと、悲劇性をアピールしたいのか、逸樹さんは鼻をすするけど、その音の向こうから。

「全然そんなカッコいいもんじゃないでしょ。隣同士だけど、仲良しさんだもん。うちの店といっくんのお店。お釣りなくなると、貸し借り行ったりね」

夜映さんの冷静なツッコミが入る。

「でも、夜映の親父さんからは、あんなケーキ野郎に、うちの暖簾は継がせられねえ、とか言われてますけど、俺」
「あはは、だって、お父さんいなくなったら、いっくんがうちのお店洋菓子店に改装しちゃうんでしょ? いつになるかわからないけどねえ」

ポンポンと流れる漫才みたいな会話は、本当にふたりの仲が安定してるから、出来るもんだよなあ。


「なあ、饅頭持ってきてくれた?」
「うん。いっくんのいちばん好きなやつ持ってきた」
「わーい。あとで食べよ」

パティシエさんなのに、昨日散々ケーキ食べてたのに、今日は饅頭かい…っ。


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