愛の誓いもそこそこに ♯9 「ここのお店の人だったんですか」 上から下まで、僕を眺めて、お姉さんは驚きを隠せない声で、そう確認してくる。 地声、意外と低いんですね。やっぱり、営業トークって、高めの声なんだ。 「ええ、実は」 変なことを感心しながら、僕は苦笑いする。 同じショッピングセンター内に働く従業員同士ということで。 アクセサリー屋さんのお姉さんは僕に親近感を覚えたみたいで。 「あれから、おいでになりませんけど。指輪買えました?」 まんざら、営業用に聞いてるだけでもない風に尋ねてきた。 「いや、まだです」 優柔不断というか、慎重というか…。 「早くしないと、売れちゃいますよ〜。この週末が危ないですね。クリスマス前の駆け込み需要で」 「常套句、ですよね、それ」 僕が突っ込むと、お姉さんはばれたか、というように舌を出した。 「流石に、モノを売ってる方はよくわかってますね」 ええ。わかりますよ。 お買い得品はお買い得じゃないし、今だけ、はいつもだし。 あの指輪も、クリスマスのプレゼント用には、相場が高すぎる。 「ふふ、顧客データもう一度見てみたんです。相沢さんの」 ああ、そういえば、ピアス買った時に書かされたっけ。 「ご自分の名前以外は、ぜーんぶ、彼女のデータ、書かれたんですよね。誕生日も年も」 「はい」 僕がアクセサリーを買うことは、きっとないだろうから。 だったら…と、ありこさんのを書いたけど。 「よく覚えてますね、そんなこと」 「だって、強烈でしたもん。マニュアル通り、贈り物ですか?って聞いたら、僕のだと思いますか?って…」 「……」 忘れてよ。印象づけたかった訳じゃないんだから。 「七月のお誕生日の彼女にクリスマスにプロポーズして渡したいんだろうなあ、と。 ルビー誕生石ですもんね」 「えっ?」 「あら、違います?」 「い、いや、そこまで読まれてたことに驚いたのと…。ルビーじゃないと、駄目なんですか?」 「ええ。エンゲージリングは女性の方の誕生石が入ってるのが一般的ですけど」 「…そ、そうなんだ」 ダイヤが一般的なのかと、思ってた。 単にありこさんに紅い石が似合うから…って、探してた僕って。 物知らずっていうか、野暮っていうか…。 まだまだダメダメっすね。 「モノ的にも少ないんですよ、ルビー一粒だけをあしらった指輪って。 だからこれは、絶対あの人に買わせようと思って、手ぐすね引いて待ってたのに、ちっともいらっしゃらなくて、肩透かしくってた気分だったんですよね」 「あはは」 舞台裏をぶっちゃけた話に、僕は寧ろ好感が持てた。 こういうのも縁っていうのかな。 「今日、仕事終わったら、見に行きます」 「お待ちしてます」 最後だけ、営業用の高い声とスマイルになって、お姉さんは桃の缶詰を買って、レジに向かった。 仕事終わってから、訪れたアクセサリーショップで。 ショーケースから出してもらった指輪の紅い石は、照明がなくてもきらきらきらきら輝いた。 やっぱり、ありこさんの白い指に似合いそうだな、と僕はそんなことを思った。 「ボーナス払いカード決済って出来ますか?」 「勿論承ります」 「じゃ、じゃあそれで…」 メッセージを入れてもらうことにしたから、仕上がりには2週間掛かるって言われて、その日は手ぶらで店を出た。 (うわ、買っちゃった買っちゃった…) お店を出た後も、まだ心臓がばくばくしてる。 で、どうやって渡そう。 もし、断られても返品て不可だよね…? [*前へ] [戻る] |