だからやさしいくちづけを【完】
#9
傷つくのはいや、コワイ。
だったら、何も手に入らなくも、いい。
何も、望まない。誰にも、期待しない。
ずっとそうやって、自分の気持ちや欲望を隠しながら生きてきたのに、僕は今、手を伸ばして、貴女に触れている。
ありこさん、背は高いのに、肩や背中の薄い肉付きは、華奢で細い。初めて感じる、柔らかであたたかい感触に、何だか、僕は泣きそうになった。
ぎこちない抱きしめ方でごめんなさい。
うまく伝えられなくてごめんなさい。でも…
「僕も、ありこさんが好きです」
彼女の肩に、顔を埋めるようにして。
ようやく、僕は絞り出すように、そう言った。
それなのに。
「もう一回言って」
ありこさんの言葉は、まるで悪魔の囁きのように、僕の体を強張らせた。
人が。
スカイツリーの一番上から、飛び降りる覚悟で言った台詞を。
もう一回!?
また、あそこに登れってか!?
「穂積の顔見て聞きたい」
ありこさんは、僕の胸板を押して、密着していた二人の体を離すと、にっこり笑ってそう言った。
(…何処までSなんですか)
もう、こうなりゃ自棄だ。一度、見せてしまった手の内。もう一回、曝すのなんか、簡単じゃね?
ああ、でも、こんな時にキメ顔作れるような、イケメンじゃないし。
やっぱり、ありこさんの瞳を、まともに見る勇気はないから。
僕は、視線を自分の膝の上で、固めた拳に落とす。
だけど。僕を見つめる、ありこさんの視線は、バシバシ感じながら僕は告げた。
「好きです…」
その言葉が零れた、刹那。
開いた唇を閉じる間もなく。
僕の唇に。
ありこさんの唇が、重なった。
まるで風でも吹き渡ったような一瞬の出来事で。
何が起こったか、把握出来てなくて。
茫然としている間に、その感触は、僕から離れる。
今のって、キス? 接吻? くちづけ?
は、初めてしちゃった。
一瞬の感覚を思い出そうと、僕は自分の唇に指で触れる。
あ、ダメだ、全然違う。
もっとしっとりして柔らかで熱くって気持ち良かった。
変態めいた回想をしていると、ありこさんはそんな僕ににっこり微笑む。
そして、思いがけない言葉が降ってきた。
「アタシも、好きだよ」
僕、もうこの世に思い残すこと、ないかも…。
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